発売日: 1995年2月13日
ジャンル: ゴシック・ロック、オルタナティブ・ロック、ハードロック、ドリーム・ポップ
概要
『Neverland』は、The Missionが1995年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
解体と再生を繰り返すバンドが“再び神話に飛び込もうとした”夢と傷のアルバムである。
1992年の『Masque』でサウンドの多様化を試みた後、バンドはメンバーの離脱やレーベルとの摩擦に見舞われ、実質的な活動休止状態に陥る。
その混乱のなか、Wayne Husseyは再編成されたメンバーとともに録音を進め、長い制作期間を経て完成させたのが本作『Neverland』である。
タイトルの“ネバーランド”が示すように、ここでは現実からの逃避、幻想の再構築、そして失われた純粋さの追憶がテーマとなっており、
過去作のゴシック的世界観とハードロックの力感を織り交ぜつつ、“自己神話”をもう一度立ち上げようとする意志と疲労が交錯する。
そのためアルバムには統一感よりも、夢と現実をさまようような断片的かつ劇的な情動が刻まれている。
まさに、夢の国で踊る者たちの“苦く美しい回帰”の記録と呼ぶにふさわしい作品である。
全曲レビュー
1. Raising Cain
爆発的なギターリフと重たいドラムで幕を開ける、怒りとカリスマ性が混在したロック・アンセム。
旧約聖書の“カイン”になぞらえ、内なる破壊衝動と現代の不条理を結びつけたような攻撃的なトラック。
Wayne Husseyのヴォーカルも憑依的で、開幕から「The Missionはまだ終わっていない」という強烈な宣言となっている。
2. Sway
アコースティックとドリーミーなシンセが絡む、陶酔的でロマンティックな楽曲。
タイトル通り“揺れる”ことそのものがテーマで、
恋、信仰、現実──あらゆるものの曖昧さを優しく抱きしめるような構成が美しい。
『Masque』的実験性を引き継ぎつつ、より内面に向かって深まった印象。
3. Lose Myself in You
ミディアムテンポのラブ・バラード。
「君のなかに自分を見失いたい」と歌うこの曲は、逃避と融合というThe Mission的テーマの真骨頂とも言える。
硬質なリズム隊と繊細なメロディのバランスが見事で、
アルバムの中で最も感情的な高まりを内包したトラック。
4. Swoon
スロウでありながらエッジの効いたサウンドが印象的な、官能と不安を併せ持つナンバー。
「陶酔」というタイトルにふさわしく、サウンドは浮遊しており、
Husseyのヴォーカルが夢と現の境界を彷徨うように揺らめく。
スティーヴ・ハリス的なギターアプローチも特徴的。
5. Heaven Knows
本作中でもっともストレートなギター・ドリブンのロックナンバー。
歌詞は明言しないが、信仰と裏切り、あるいは愛と失望といった相反する感情を抱えた葛藤を描く。
“天だけが知っている”というフレーズは、どうしようもない現実への小さな呟きのようでもある。
6. Stars Don’t Shine Without Darkness
名曲。
星は闇がなければ輝けない──という逆説的なメッセージを、
壮大でエモーショナルなアレンジにのせて高らかに歌い上げるバラード。
静かなイントロからじわじわと膨らむ構成は、まさにThe Missionの“闇の中の光”という美学の体現。
涙腺を刺激する名演。
7. Afterglow
余韻、残光──タイトルどおり、燃え尽きたあとの心の熱と残像を描くバラード。
アコースティックとピアノを中心とした控えめなサウンドが、失ったものに対する感謝と祈りを静かに響かせる。
まさに“人生の午後”を思わせるような、穏やかで成熟した楽曲。
8. Daddy’s Gone to Heaven
ダークなブルーズ・ギターとゆったりしたリズムが印象的な、家庭と死をめぐる寓話的ソング。
Husseyの語り口は冷静だが、背後には深い喪失と家族への祈りが滲む。
レクイエムのようでもあり、神に向かって語りかけるようでもある。
9. Swim with the Dolphins
サイケデリックなシンセとメロディが不思議な浮遊感を演出する、夢と現実の中間にあるようなトラック。
イルカと泳ぐというイメージが、現実逃避と自由のメタファーとして使われており、アルバム全体のテーマとも呼応している。
トランス状態に入るような一種の儀式的楽曲。
10. Neverland (Song for a Child)
本作の核となるタイトル曲であり、Wayne Husseyが父として、あるいは少年として世界に語りかけるラスト・トラック。
純粋さ、喪失、希望、記憶──
それらすべてを一人称の言葉と美しい旋律に託し、“ピーター・パン症候群”のポエティックな音楽的昇華を果たしている。
優しさと痛みが共存する、The Missionの内なる宇宙の最終地点とも言える珠玉の一曲。
総評
『Neverland』は、崩壊と再生をくり返すThe Missionが、“自分たちの音楽神話”をもう一度語りなおそうとしたアルバムである。
そこには、『Children』や『Carved in Sand』のような明確な物語やアンセム性は少ない。
しかし代わりに、静かな炎、夢の中のざわめき、個人の内面に宿る感情の粒子たちが、各曲に詰め込まれている。
これは外に向かって叫ぶのではなく、内に向かって語るMission──
つまり、「ネバーランド」とは失われた理想郷ではなく、成熟と祈りの中に残された最後の幻想だったのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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All About Eve – Ultraviolet (1992)
耽美と夢、神秘と静謐。『Neverland』に通じる繊細な質感。 -
David Sylvian – Dead Bees on a Cake (1999)
個人の霊性と内面世界を描いた成熟したサウンドスケープ。 -
Dead Can Dance – Toward the Within (1994)
儀式性と瞑想性が混在する、音楽的神秘の極北。 -
The Church – Hologram of Baal (1998)
内面世界への沈潜とサイケデリックな詩情。『Neverland』の兄弟作的響き。 -
Peter Murphy – Cascade (1995)
ポストゴシックの熟成形として、夢と現実の交錯を描く優れた作品。
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