発売日: 2023年6月23日
ジャンル: ポップ、ディスコ、ファンク、ソウル
概要
『Mystical Magical Rhythmical Radical Ride』は、Jason Mrazが2023年に発表した8作目のスタジオアルバムであり、そのタイトルの通り、魔法的で、音楽的で、スピリチュアルで、革命的な“旅”をコンセプトにした、カラフルなダンス・ポップ作品である。
ここでMrazは、デビュー当時のアコースティックな語り部的スタイルから大きく舵を切り、70〜80年代ディスコ/ソウルの影響をまとったサウンドへと歩を進めた。
その背景には、パンデミック以降の空気を受けて「踊ること」「祝うこと」の本質的価値を再発見した彼の姿勢があり、これまで以上に“ポジティブな高揚”を主眼とした作風へと進化している。
サウンド面では、ホーン・セクション、スラップベース、ファルセットヴォイスといったファンク/ディスコの王道要素を大胆に導入しつつ、現代的な洗練されたポップスとして着地させている点が特徴的。
タイトルに込められた“4つのR”が象徴するように、本作はMrazにとっての再生(Rebirth)であり、新たな自己探求の旅のはじまりでもある。
全曲レビュー
Getting Started
壮大なストリングスとシンセに導かれる、アルバムの序章的トラック。
「今が始まりのとき」と歌うリリックが、変化への希望を予感させる。
旅立ちを告げるイントロダクションとして機能している。
I Feel Like Dancing
本作のリードシングルで、ディスコファンクの要素が満載のダンサブルなナンバー。
「踊りたいという気持ち」そのものを肯定する歌詞と、きらびやかなサウンドが一体化し、Mrazの新境地を象徴する。
ファルセットの多用と軽快なグルーヴが印象的。
Feel Good Too
その名の通り、“気持ちよくなる”ことをテーマにした楽曲。
ベースとホーンが効いたファンク的展開で、身体の芯から揺さぶられるような高揚感がある。
自己肯定感と快楽主義が調和した、陽性のアンセム。
Pancakes & Butter
遊び心のあるタイトルと、どこか日常的な愛の描写が魅力的。
「パンケーキとバターのように、君と僕は完璧な相性」というメタファーが印象的。
ミッドテンポのソウル風アレンジで、甘くロマンティックな雰囲気を演出する。
Disco Sun
アルバム中もっとも煌びやかなサウンドを持つ、レトロなディスコポップ。
サンシャインをモチーフにした比喩が多用され、サマーアンセムとしても機能する。
ストリングスとシンセサイザーの重ね方が心地よい。
Irony of Loneliness
孤独という感情のパラドックスをテーマにした、アルバム中最も内省的な1曲。
賑やかなアレンジの中にも、センチメンタルな余韻を残す。
ファンク的でありながらメランコリックな構成が新鮮。
Little Time
シンプルなギターとリズムが基調の穏やかな楽曲。
忙しい日々の中で「少しの時間」こそが持つ尊さを歌う。
Mrazらしい優しさと語り口が感じられるミニマル・ポップ。
You Might Like It
恋愛や人生の冒険をテーマに、「やってみたら意外と気に入るかも」というポジティブな提案が込められた1曲。
レトロR&B的なコード進行とグルーヴが心地よく、歌詞の明快さが際立つ。
Lovesick Romeo
シェイクスピア的な比喩を織り交ぜた、コミカルな失恋ソング。
ファンク色が強く、語るようなヴォーカルスタイルと掛け合い的なコーラスが特徴。
演劇的な演出も感じさせる構成がユニーク。
If You Think You’ve Seen It All
アルバムのクライマックスに位置する、壮大でスピリチュアルなスロー・ナンバー。
「まだまだ世界には知らないことがある」と語るメッセージが、旅の終わりと新たな始まりをつなげていく。
Mrazのキャリア全体を俯瞰するような哲学的な締めくくり。
総評
『Mystical Magical Rhythmical Radical Ride』は、Jason Mrazのキャリアにおける“音楽的なリブート”とも言える作品であり、彼が再び“踊りたい”と思えたこと、そして“今を祝福する”ことの尊さを全編で体現している。
2000年代初頭に登場したアコースティック・シンガーが、2020年代のディスコ・ポップを大胆に乗りこなすという展開は、一見驚きを伴うが、その根底には一貫して「人を励まし、癒す」というMrazの信条が息づいている。
本作では、その信条がより“身体的”な喜びとして発現しており、聴く者を優しく踊らせ、心を軽やかにしてくれる。
また、ポップとしての洗練度も高く、リズム、ハーモニー、アレンジのすべてにおいて高品質なサウンドプロダクションが施されている。
このアルバムは、ただのエスケープではなく、“人生そのものを祝うための音楽”であり、タイトルの「Mystical」「Magical」「Rhythmical」「Radical」はすべて、Jason Mrazが自身の音楽を通じて私たちに手渡そうとしている“感覚”なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Daft Punk / Random Access Memories
ディスコとモダンポップの融合が共通し、“身体と心の両方で聴く音楽”として相性が良い。 - Bruno Mars / 24K Magic
70sファンクと現代ポップの接点を描いた作品で、Mrazの本作とグルーヴ感が共鳴する。 - Mika / The Origin of Love
ポップで多幸感に満ちたアレンジと、スピリチュアルなリリックのバランスが近い。 - Vulfpeck / Mr. Finish Line
ファンク・ソウルの伝統とユーモアを重ねたスタイルが本作と似た質感を持つ。 - Lizzo / Cuz I Love You
自己肯定と祝祭性を備えたサウンドで、ダンス・ポップとしての開放感がリンクする。
ビジュアルとアートワーク
アルバムジャケットには、虹色の惑星をモチーフにしたポップなアートワークが描かれ、まるで子どもの絵本のような幻想的な世界が広がっている。
タイトルの長さや装飾的なフォントも相まって、視覚的にも「旅」「祝祭」「夢」を感じさせる仕掛けが凝らされている。
また、ミュージックビデオやライブ映像でも、ダンスやカラフルな照明が強調され、聴覚と視覚の両方でポジティブな体験を届けようとするMrazの“エンターテイナー”としての顔が前面に出ている。
音楽を超えた“体験型の作品”として本作を捉える視点も必要だろう。
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