発売日: 2001年1月30日
ジャンル: ポップ、ダンス・ポップ、オルタナティヴ・ポップ
概要
『More』は、Colleen Fitzpatrickによるソロ・プロジェクト”Vitamin C”のセカンドアルバムであり、
1999年のデビュー作『Vitamin C』の成功を受けてリリースされた、より洗練されたポップ・アプローチの作品である。
前作がティーンポップとフェミニンな自己肯定感を武器にした“反骨のポップ”であったのに対し、
本作ではサウンド面・コンセプト面の両面でよりメインストリーム志向に接近しながら、
その芯にあるウィットや皮肉、そして叙情性を失うことはなかった。
プロデューサーにはGuy RocheやJosh Deutschが引き続き参加し、
R&Bやエレクトロ、ギター・ポップの要素がよりバランスよく混ざり合った内容となっている。
しかし商業的には前作ほどのヒットには至らず、アメリカではプロモーション不足により限定的な露出に終わった。
それでも、楽曲ごとの完成度と歌詞のテーマ性においては、Vitamin Cというアーティストの深化を感じさせる一枚である。
全曲レビュー
The Itch
冒頭を飾るキャッチーなポップロック・ナンバー。
恋愛における“我慢できない衝動”を、疾走感あるビートとユーモアで描き切る。
ティーンエイジャー的な焦燥と愉快さを融合させた好スタート。
I Know What Boys Like
The Waitressesによる1982年のニューウェーブ・クラシックのカバー。
Vitamin C版は、エレクトロ・ポップ的なアレンジで、より挑発的かつ現代的に再解釈されている。
“私は男の子の好みが分かってる”というタイトルが、皮肉と自信の同居する表現に。
Busted
恋人の裏切りを暴くポップチューン。
“あなた浮気したでしょ、もう知ってるのよ”という直球の歌詞が小気味よく、
ガールズポップ的な爽快さが全開となる一曲。
Dangerous Girl
反抗的な女子像を描いたミディアム・トラック。
“危険な女の子”というレッテルを自ら引き受けながら、自由と自立の感覚をリズムに託す。
自己ブランディングを歌にしたような構成が印象的。
She Talks About Love
バラード調の内省的な楽曲。
愛について語る少女をめぐる物語形式の歌詞が新鮮で、
青春期の“語られた愛”と“実感される愛”のズレを描いている。
I Can’t Say No
恋に対する誘惑と自制のせめぎ合いをテーマにした、エレガントなポップス。
Vitamin Cの柔らかくも芯のあるヴォーカルが光る。
Special
“私は特別な存在でいたい”という願いを、
ダンス・トラックに乗せて軽やかに表現した自己肯定ソング。
ティーンポップの王道テーマながら、彼女ならではの切り口が魅力。
Real Life
“現実の人生”の厳しさと美しさを、やや皮肉を込めて歌う。
社会の期待や理想像と、自分の中にある本音とのギャップにフォーカスした一曲。
このアルバムで最も大人びた視点を持つ楽曲である。
Where’s the Party
気分を切り替え、盛り上がるためのダンス・アンセム。
しかしただのパーティソングではなく、
“どこに自分らしくいられる場所があるの？”というアイデンティティの探求にも聞こえる構成。
That Wasn’t Me
謝罪をテーマにしたエモーショナルなナンバー。
“あれは私じゃなかった”というフレーズが、責任回避というより、自分の変化や内面の断絶を示している。
ポップの中に、深い心理的洞察が織り込まれた好例。
総評
『More』は、そのタイトルが示す通り、
Vitamin Cが提示する音楽と世界観を“もっと多面的に、もっと深く”追求した作品である。
サウンド面では前作以上に洗練され、R&B、エレクトロ、ポップ・ロックの要素がバランスよく配置されている。
また、前作に見られた「自己肯定と皮肉」のトーンはそのままに、より成熟した視点から語られる歌詞が増えている。
「Special」や「The Itch」のようなキャッチーなナンバーに加え、
「Real Life」や「That Wasn’t Me」のような内省的な曲が存在感を持ち、
Vitamin Cが“ただの卒業ソングの人”でないことを証明する一枚となった。
しかしながら、リリース当時はプロモーションの不備と市場の飽和状態により、
本作の魅力は十分に伝わらず、セールス面では伸び悩んだ。
にもかかわらず、内容的には極めて完成度が高く、
今あらためて再評価されるべきアルバムといえる。
おすすめアルバム（5枚）
- Willa Ford『Willa Was Here』
同時期に活躍した女性ポップアーティスト。反骨精神と自己主張の強さが共通。 - Mandy Moore『Coverage』
カバー楽曲を通じて自己表現の幅を広げたスタイルが似ている。 - Michelle Branch『The Spirit Room』
ロック寄りのサウンドでありながら、感情の機微を丁寧に描いたポップ作。 - Pink『Try This』
ポップとロック、フェミニズムの融合という視点で近接性あり。 - Robyn『My Truth』
北欧ポップの視点から自己内省を描いた作品。Vitamin C同様、表面のポップさの奥に深みがある。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
『More』の歌詞群には、2000年代初頭の女性アーティストたちが直面していた「アイドルかアーティストか」という二項対立への問題提起が潜んでいる。
「Special」や「Real Life」では、外見的な華やかさや理想像に対する疑問が表明され、
「Dangerous Girl」や「That Wasn’t Me」では、自らの“レッテル”や“変化”にどう向き合うかが問われている。
これは当時台頭していたBritney SpearsやChristina Aguileraといったアーティストとは異なる、
“意識的でアイロニカルなポップ像”を体現しようとしたVitamin Cの試みとも読み取れるだろう。
また、「I Know What Boys Like」のようなカバーを含め、
過去の女性像を現代の視点で再解釈する姿勢も印象的であり、
単なるノスタルジーやカラフルなポップ以上の“自己言及的なメッセージ”が込められている。
このように『More』は、商業的には控えめであったとしても、
女性ポップの内省的かつ批評的な表現として、今なお耳を傾ける価値のある作品である。
コメント