
1. 歌詞の概要
「M.O.R.」はBlurの5枚目のアルバム『Blur』(1997年)に収録され、シングルとしてもリリースされた楽曲である。タイトルの「M.O.R.」は「Middle of the Road」の略語であり、「凡庸さ」「平凡な大衆音楽」という揶揄を含んだ言葉でもある。歌詞は、日常や社会に埋没する人間の姿、そしてその中で生きることの退屈さや同質化の恐怖を描いているように見える。だが同時に、それを自嘲的に笑い飛ばすようなユーモアも漂っている。
「M.O.R.」では繰り返される「Gotta get a message through」というフレーズが象徴的で、退屈な日常や商業主義に抗おうとする衝動を感じさせる。音楽的にもパンキッシュで直線的なサウンドが印象的で、勢いとシンプルさが、歌詞のテーマと見事に呼応しているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「M.O.R.」には特筆すべき背景がある。それは、デヴィッド・ボウイとブライアン・イーノによる1977年の名曲「Boys Keep Swinging」「Fantastic Voyage」からコード進行とメロディの一部を借用している点だ。これはBlur自身が意図的に行ったオマージュであり、ボウイとイーノに正式にクレジットが追加されている。アルバーンは当時、アメリカのオルタナティブ・ロックに強く影響を受けつつも、70年代の実験的なロックへのリスペクトも忘れていなかった。その敬意が「M.O.R.」に刻み込まれているのである。
アルバム『Blur』自体が従来のブリットポップの文脈から大きく外れた作品であり、アメリカ的なローファイ感覚、ノイズ、サイケデリックな要素を取り込んだ挑戦的な内容だった。その中でも「M.O.R.」はストレートなロック・ナンバーとして際立ち、ライブでも観客を煽るアンセムとして機能した。
シングルとしてはUKチャート15位を記録。商業的な大成功ではないものの、そのエネルギッシュなパフォーマンスと、ボウイ的な要素を咀嚼した大胆さによって、ファンの間で根強い人気を持つ曲となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
Gotta get a message through
どうにかしてこのメッセージを伝えなきゃならない
‘Cause I think I’m losing you
だって君を失いそうな気がするから
Am I too late?
遅すぎたのだろうか?
Did I forget?
忘れてしまったのだろうか?
Everything is in a state of flux
すべては移ろいゆく状態にある
And nothing stands still
そして何も留まることはない
繰り返されるシンプルな言葉が、混乱する時代や心情をそのまま映し出している。抽象的ながら切迫感に満ちたリリックは、音楽の勢いと直結している。
4. 歌詞の考察
「M.O.R.」の歌詞には、商業主義や社会的規範への皮肉が込められていると同時に、そこから抜け出そうともがく衝動が表現されている。タイトルそのものが「凡庸さ」を意味しているが、Blurはその凡庸さを逆手にとって、パンキッシュで力強い楽曲に昇華しているのだ。
「Gotta get a message through」というフレーズは、情報や感情が氾濫し、すぐに忘れ去られる現代において、「何かを伝えること」の困難さを象徴している。これは90年代のメディア社会や、大衆文化の同質化への不安を投影したものと捉えられる。
また、ボウイとイーノへのオマージュという背景を考えると、「M.O.R.」は70年代末のアート・ロックの精神を90年代に蘇らせた試みともいえる。単なるコピーではなく、時代を超えてロックの実験性を更新しようとするBlurの姿勢がうかがえるのだ。
アルバーンにとって「M.O.R.」は、過去の音楽的遺産を再解釈し、自分たちの文脈で鳴らすことの宣言でもあったのかもしれない。それはブリットポップという狭いジャンルを超えて、Blurが新たな地平を開こうとする意志の表れでもあった。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Boys Keep Swinging by David Bowie
「M.O.R.」の元ネタの一つであり、奇妙で挑発的なエネルギーを持つ名曲。 - Fantastic Voyage by David Bowie
同じく引用元となった曲で、繊細で美しいメロディが印象的。 - Song 2 by Blur
同アルバムからのシングルで、直線的でパンキッシュなエネルギーを共有している。 - Trouble by Coldplay
Blurから影響を受けたバンドの初期の内省的かつ力強いナンバー。 - Cut Your Hair by Pavement
90年代オルタナの空気感を共有するラフでエネルギッシュな曲。
6. ボウイへのオマージュとBlurの進化
「M.O.R.」は単なるシングル曲にとどまらず、Blurがボウイやイーノの遺産を受け継ぎ、90年代にアップデートする試みだった。その姿勢は、ブリットポップの枠に収まらず、より広いオルタナティブ・ロックの文脈で彼らを評価させる要因となった。
タイトルに込められた「凡庸さ」を、逆に力強く叫び返すことで、Blurはその時代の「平凡」や「退屈」を笑い飛ばし、新しいロックの可能性を示したのだ。まさに「M.O.R.」は、ブリットポップ後期の転換点を象徴する1曲なのである。
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