
1. 概要
「Mixtape Monday Sessions (Boiler Room)」は、ロンドンを拠点に活動するインド系DJ・プロデューサー JYOTY(ジョーティ) による、2023年のBoiler Room公式セットのひとつであり、彼女のアイデンティティと審美眼、そしてクラブカルチャーへの深い愛情を体現したライブDJミックスの金字塔的作品である。
このセッションは、クラブミュージックのキュレーションプラットフォーム「Boiler Room」によって世界中に配信され、JYOTYがクラブの現場にいる聴衆と、画面越しのグローバルな観客の両方に向けて音の物語を紡いだ一夜として、強烈な印象を残した。
グライム、UKガラージ、ダンスホール、ジャージークラブ、ドラムンベース、ボリウッド・リミックス、R&B、アフロビート——彼女のミックスはジャンル横断的で、ルーツと最新のストリートが融合する、まさに“今この瞬間のロンドン”の音を映し出している。
2. 背景とコンセプト
JYOTYは、インド系移民家庭に生まれ、学生時代はロンドンのアンダーグラウンド・レイヴカルチャーの中でDJとしてのスキルを磨いた。
彼女はBoiler Roomにおいて初の女性ホストを務め、「パーティーの最前線で声を上げる者」として、音楽だけでなくカルチャーのアイコンとなってきた存在である。
このセッションでは、彼女のルーツであるパンジャービ文化やアジアン・ディアスポラの音楽的要素を散りばめつつ、それを**“クラブ空間の共通言語”として再構成**。
それは懐古ではなく、“伝統と革新がクラブの床で出会う瞬間”を生む試みであり、JYOTYが持つセンスとポリティクスが見事に結晶化した1時間だった。
3. 印象的な選曲と展開
本ミックスの中でとりわけ印象的だったのは、リズムの変化が緻密に組まれていること、そして**“文化横断的なつながり”がリズムによって繋がれていくこと**である。
- セット序盤は、アフロビートやダンスホールが主軸となり、身体が自然に揺れるミディアムテンポのファンクネスが支配する。
- 中盤ではグライムやジャージークラブが顔を出し、ビートが加速しながら、観客の熱量も段階的に上がっていく。
- 終盤にはドラムンベースやアジアン・エレクトロのリミックスが登場し、ジャンルを飛び越えた“多文化のセッション”のような空気が生まれる。
特にボリウッドのクラシックを大胆にリミックスした瞬間には、アイデンティティの回帰と革新が同時に起こるような劇的な“時間のズレ”が発生し、会場の空気が一気に書き換えられたのが印象的であった。
4. ストリートとアイデンティティの交差点
「Mixtape Monday Sessions」は、JYOTYというDJがただ選曲しているのではなく、自らの背景、闘い、そしてクラブへの信仰を音で語っているという点で非常にパーソナルな作品でもある。
音楽とは本来、境界を超えるものであり、JYOTYのミックスはそれを実践という形で証明している。
クラブミュージックは一夜限りの享楽ではなく、記憶と民族、階級と欲望、日常と非日常がぶつかり合う場であり、JYOTYはその現場を「声のない者たちが叫べる場所」に変えている。
つまり、これは単なるパーティーではなく、サウンドによるレジスタンスであり、“音の解放区”の記録なのである。
5. このセットが好きな人におすすめのDJ・アーティスト
- Sherelle – スピード感あるD’n’Bとハードなブレイクビーツで政治性と快楽を結びつける。
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Manara – ボリウッドとUKガラージの融合で、アジア系アイデンティティとダンスフロアの交差を鳴らす。
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BAMBII – カリビアンルーツを基盤にした多文化ミックス。JYOTYとの哲学的親和性が強い。
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Ahadadream – サウスアジアン・ディアスポラの鼓動とUKクラブカルチャーの接点。
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Tash LC – アフリカン・エレクトロ、バイレファンキ、グローバルサウンドの再定義者。
6. クラブは現代の神殿——音で語る自分たちの物語
「Mixtape Monday Sessions (Boiler Room)」は、単なるミックスでも、パフォーマンスでもない。
それは**JYOTYというひとりの女性DJが、民族・ジェンダー・国籍・ジャンルの壁を越えて、音で自分自身を語り切った“現代の叙事詩”**である。
そしてその語りは、すべて“踊れる”という事実によって説得力を持つ。
痛みも、誇りも、欲望も、全部ビートに溶かして鳴らす。
これこそが、クラブという場所の、そしてJYOTYという存在の“真の力”である。
音は逃げ場ではなく、戦う場所になる。
だからこそ、このミックスは今日も再生され続けている。
そしてスピーカーからは、こう聴こえる。
「ここにいていいよ」と。
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