発売日: 1992年6月9日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワーポップ、サイケデリック・ロック、マスロック
概要
『Miss Happiness』は、ミネソタ州出身のトリオバンド Walt Mink（ウォルト・ミンク） が1992年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
90年代オルタナティヴ・ロックの“異端にして真骨頂”とも言うべき、多層的で技巧的なロックの詰まった衝撃的1作である。
バンド名は、かつての大学教授（Macalester Collegeの心理学者）から取られたもので、
その音楽はハードロック、サイケ、ポストパンク、パワーポップ、数学的変拍子など多くの要素が詰め込まれながらも、
全体としては非常にキャッチーかつポップな仕上がりになっている。
当時隆盛を極めたグランジとは距離を取りつつ、メロディと知性、テクニカルなアンサンブルを重視する姿勢が、
The PosiesやPixies、さらには early Biffy Clyro や Don Caballero にも通じるスタイルとして注目された。
特にフロントマンである John Kimbrough のギターとヴォーカルは、絶妙なポップ感覚とプログレ的構築力を兼ね備えた稀有な存在として評価され、
このデビュー作は、**“誰にも似ていないが、すべてに通じる”**というオルタナティヴの理想形を体現していた。
全曲レビュー
1. Chowder Town
アルバムの幕開けを飾る、疾走感と変則リズムが同居したナンバー。
ヘヴィでいながらもどこかコミカルで、生活感のあるリリックと浮遊感のあるメロディがバンドの独自性を強調する。
2. Miss Happiness
タイトル曲にして本作のハイライト。
“幸福嬢”という一風変わった女性像を巡る歌詞と、ポップとプログレの絶妙なミックスが印象的。
ギターリフの細やかさとサビの開放感が見事に交錯する名曲。
3. Twinkle and Shine
グラムロック的な煌びやかさとサーフ感のあるリズムが特徴。
「きらめきと輝き」の裏にある刹那的な若さの影をさりげなく描いている。
ジョンのボーカルが最も美しく響く楽曲の一つ。
4. Soothed
静かなイントロから徐々に盛り上がる構成。
“癒やされる”というタイトルに反して、不安や皮肉を伴う複雑な感情が綴られる。
ギターのディレイとリズムセクションが織りなす音の揺らぎが美しい。
5. Quiet Time
突如現れるテンポチェンジと変拍子がスリリングな短編的ロック。
音数は少なめながら、間の取り方と構成の妙が際立つ異色作。
6. Factory
インダストリアルなリズムとファズの効いたギターが特徴的。
労働と機械文明への皮肉がこもったリリックが、知的なユーモアと冷笑を感じさせる。
7. Pink Moon (Nick Drake cover)
異色のカバー。原曲の繊細さはそのままに、ウォルト・ミンク流のポップサイケ解釈で再構成されている。
ニック・ドレイクへの敬意と、バンドの幅広い音楽的教養が垣間見える好演。
8. Sleep
サイケデリックでドリーミーな音像が展開される一曲。
眠りと現実逃避、そして記憶の漂流といったテーマを、ゆるやかに織り込んでいる。
9. Croton-Harmon (local)
曲名はニューヨークの駅に由来。
旅情と日常が交錯するような、不思議とノスタルジックなインストゥルメンタル風。
ギターのメロディとベースラインの絡みが極上。
10. Love You Better
アルバム終盤にして最大のキャッチーさを誇る楽曲。
「もっと上手く君を愛せたら」というリフレインに、10代的焦燥と優しさがこもる。
11. Mother
ややサイケ色の強いラストナンバー。
母という存在への回帰的イメージを伴いながら、自己生成と断絶の物語を語るエモーショナルな締めくくり。
静けさと爆発力の緩急が鮮やか。
総評
『Miss Happiness』は、1990年代初頭という激動のオルタナシーンにおいて、あえて“難解でポップなもの”を突き詰めた稀有なデビュー作である。
Nirvanaの反骨、Pixiesの変態性、XTCの技巧、The Beatlesのポップ性——
それらを全て内包しつつ、どれにも回収されない“Walt Minkというジャンル”がここには確かに存在する。
技巧的であることがエゴではなく、音楽をもっと自由に鳴らすための選択肢だったということを、
このアルバムは雄弁に物語っている。
ポップでありながら鋭く、メロディアスでありながら実験的。
“幸福”の名を冠しながら、その正体を常に問い続けるようなアルバムなのだ。
おすすめアルバム
- Pixies『Doolittle』
変則構成と爆発力の対比。ポップとカオスの融合感が共通。 - The Posies『Frosting on the Beater』
同時期に活動していたパワーポップ＋ノイズの名盤。 - Dinosaur Jr.『Green Mind』
メロディ志向のギターロックと轟音のバランス。 - Shudder to Think『Pony Express Record』
ポストハードコア的な変態性とポップ性の奇跡的交差。 - Fugazi『Red Medicine』
リズムと構成に対する挑戦精神、DIY的倫理観の共有。
ファンや評論家の反応
『Miss Happiness』はリリース当初こそ、メインストリームに乗り切れない“変わり種”として扱われたが、
その後カルト的評価を得て、**“90年代オルタナの裏クラシック”**として語られるようになった。
現在でも熱心なファンを持ち、本作をきっかけに変拍子ロックやプログレポップの世界に入ったというミュージシャンも少なくない。
再評価の波とともに、本作は**“耳で楽しみ、脳で噛みしめるロック”の原点**として、今なお瑞々しい衝撃を放ち続けている。
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