Metronomic Underground by Stereolab(1996)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Metronomic Underground」は、Stereolabが1996年にリリースしたアルバム『Emperor Tomato Ketchup』の冒頭を飾る楽曲であり、バンドの音楽的な野心と哲学的世界観が濃密に詰め込まれた実験的なナンバーである。全長7分超のこの曲は、反復されるベースラインと浮遊感のあるオルガン、スモーキーなブラス、そしてLaetitia SadierとMary Hansenによる夢のようなヴォーカルが交錯し、“グルーヴの迷宮”とも言うべき空間を作り出している。

タイトルの「Metronomic Underground」は、規則的で機械的な“メトロノーム”と、都市の見えない深層=“アンダーグラウンド”という言葉の組み合わせから成り立っており、これは資本主義社会の“リズム化された無意識”や、都市生活における機械的日常の皮肉的比喩とも取れる。

歌詞そのものは詩的で断片的な印象を与えるが、その中には階級構造、支配と服従、反抗の可能性といったテーマが潜んでいる。曖昧な言葉の裏に、システム批判と人間性の回復を巡る静かな怒りが息づいており、まさに“Stereolab的プロテスト・ミュージック”の真髄がここにある。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Metronomic Underground」は、クラウトロックの巨匠CanやNeu!の影響を強く感じさせる、反復の美学に基づいた構造を持つ。特にHolger CzukayやJaki Liebezeitのドラミングに代表される“モーターリズム”へのリスペクトが込められており、音楽的には“トリップ感”と“批評性”を両立させた、極めて高密度なトラックである。

歌詞の断片的な表現や難解さは、Stereolabがしばしば参照する構造主義やポストモダン思想の影響を感じさせる。Laetitia Sadier自身は、マルクス主義や状況主義、構造的暴力への批判を一貫して行ってきたが、「Metronomic Underground」はそれを“リズムと構造そのもの”で表現している点が秀逸だ。

また、バンドが当時エレクトロニカやジャズ、ファンクといったジャンルの要素をより大胆に取り込んでいたこともあり、この楽曲では過去のギター中心の構造から脱却し、より“サウンド全体で語る”スタイルが確立されている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

「Metronomic Underground」は詩のように抽象的な歌詞構造を持つため、以下に印象的な一節とその訳を紹介する。

“We need so damn many things / To keep our dazed lives going”
気を紛らわせるために なんて多くのものが必要なんだろう

“Many things to keep the waves / Of people flow through the system”
人の波をシステムに流し込むには たくさんの“もの”がいるのさ

“Moving in all directions / From the static underground”
あらゆる方向へ動いている でも静止した“地下”から

“All resistance is unobserved”
すべての抵抗は 観測されないままに

歌詞引用元:Genius – Stereolab “Metronomic Underground”

4. 歌詞の考察

この曲における最大のテーマは、「見えない支配構造」と「それに対する不可視の抵抗」である。歌詞に登場する“static underground”とは、見た目には動きがないが実は常にうごめいている都市の深層、あるいは社会構造の見えない部分を意味しており、そこに閉じ込められた人々は日々機械的に動かされている。

それに対して「resistance(抵抗)」は存在するが、“unobserved(誰にも気づかれない)”まま沈んでいく。これは、現代における消費社会や監視社会のなかで、個人の反抗がいかに“可視化されず無力化されるか”を象徴していると解釈できる。

また、“We need so damn many things”という直截的なフレーズは、現代人がどれほど多くの“商品・娯楽・情報”を必要としているか、それらによってどれほど“自己”が薄まっているかへの鋭い皮肉である。

音楽的にも、同じリフやリズムが反復されることで、“抜け出せない構造”そのものをサウンドで体現しており、まさに“構造批判のリズム化”とでも呼ぶべきコンセプトを成立させている。これは音楽における“政治性”の非常に高度な表現形式である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Come and Play in the Milky Night by Stereolab
     抽象とポップのあわいに揺れる、内省的な名曲。夜の都市と夢の境界線にあるサウンド。

  • Vitamin C by Can
     クラウトロックの代表作。ミニマリズムとグルーヴの反復による“精神の脱臼”。

  • Autobahn by Kraftwerk
     反復とモーターリズムを極限まで昇華したエレクトロ・クラシック。

  • Atlas by Battles
     ミニマルなフレーズが反復されながら、構造が螺旋状に変化していく実験的ロック。

6. “音の中に潜む思想”

「Metronomic Underground」は、Stereolabが到達した“思想としてのサウンド”のひとつの到達点である。それはポップミュージックの枠組みの中で、構造主義的批評と反復の美学を融合させるという極めて難解な作業でありながら、聴覚的にはスムーズで没入感に満ちているという驚異的なバランスの上に成り立っている。

音楽はしばしば“意味を越える”とされるが、Stereolabはそこに“思想を宿す”ことを選んだ。そしてこの曲では、“動いているようで動かない”“抗っているようで抗えない”という現代社会のジレンマを、音と詩の両面で深く掘り下げている。


「Metronomic Underground」は、構造とリズムに縛られた世界で、それでもなお反復の中に自由を見出そうとする一種の“知的サイケデリア”である。私たちが気づかぬうちに“構造の中で生きている”という事実を、美しく、そして静かに突きつけるこの曲は、まさにStereolabという存在の核心そのものだ。

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