発売日: 1992年6月22日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ゴシック・ロック、エスノ・ロック、ネオサイケデリア
概要
『Masque』は、The Missionが1992年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、
バンドがそれまでの“ゴシック・ロック”像を一度脱ぎ捨て、新たな表現領域を模索した実験的かつ野心的な作品である。
『Carved in Sand』『Children』といった大ヒット作によって確立された、
荘厳でメロディアスな“アリーナ型ゴスロック”のスタイルから大きく逸脱し、
本作ではワールド・ミュージック、サイケデリック、ファンク、アコースティック、さらにはインディ・ポップ的要素までも大胆に取り入れている。
タイトルの“Masque(仮面)”が示すように、これはアイデンティティの変容と、自己演出、そしてその裏にある素顔を探る作品でもある。
プロデュースにはマーク・“Spike”・スタントンを迎え、サウンドはよりカラフルかつ開放的に。
ゲストにはシン・リジィのフィル・ライノットの娘・サラや、ファンク・セッション勢の協力も見られる。
評価は分かれたが、今聴けばThe Missionというバンドの多面性と音楽的器の広さを端的に示した、最も“顔の多い”作品である。
全曲レビュー
1. Never Again
突き抜けるようなギターリフとダンサブルなリズムが特徴の、これまでにないポップなオープニングナンバー。
「もう二度と戻らない」というフレーズが、過去作との決別=新章の始まりを強く印象づける。
従来のゴシック・ロックファンを戸惑わせたが、Wayne Husseyの柔軟な作曲能力がよく出た楽曲でもある。
2. Shine Like the Stars
ロマンティックなサイケ・ポップの香りをまとった、ドリーミーで浮遊感ある1曲。
“星のように輝け”というポジティブなメッセージと、儚く哀しいコード進行が好対照。
The Cureのポップ面に通じるニュアンスもあり、The Missionの“光”の部分を掘り下げた新境地。
3. Even You May Shine
本作のリードシングルで、躍動感あるビートと高揚感あふれるメロディが印象的なモダン・ポップ・ロック。
「君にもきっと輝ける瞬間がある」と歌うこの曲は、彼らの中でも最も直接的に希望を語ったポジティブ・アンセム。
ギター・サウンドとコーラスの構築が緻密で、ライブでも人気の高い一曲。
4. Trail of Scarlet
重たく湿ったギターがうねりながら展開する、本作の中でも特にダークでドラマチックなトラック。
“スカーレットの痕跡”とは、流された血、情熱、愛の残像──そのすべて。
『Children』時代のドラマティックな構成美を、より内面的に展開したような陰影豊かなナンバー。
5. Spider and the Fly
タイトル通りの寓話的内容で、誘惑と捕食、加害と被害の境界を詩的に描いた楽曲。
パーカッシブなリズムとアコースティック・ギターが主導するサウンドは、
ゴシックというよりもネオ・フォークやワールド・ミュージックのフィーリングに近い。
物語性の高さはアルバム随一。
6. She Conjures Me Wings
エスノ・ロック的なビートと神秘的なコーラスが支配する、アルバムのスピリチュアルな中核。
ウィリアム・ブレイク的な詩の引用も想起させるような、幻想と性愛が交錯するミスティックな世界観。
ダイナミズムの中にも耽美性が滲む好曲。
7. Sticks and Stones
ややファンキーなグルーヴとリズムギターが意外性を放つ、The Mission史上最もダンサブルな一曲。
「言葉よりも行動が傷を残す」という、コミュニケーションの暴力性をテーマにしたメッセージソングでもある。
ベースラインの躍動が心地よく、アルバム中最も“身体的”な楽曲。
8. Like a Child Again
本作最大のヒット曲にして、The Missionが“普遍的な愛の歌”を真正面から提示した名曲。
ストリングス風のシンセと優しいアコースティック・ギターに包まれて、
Husseyのボーカルは極めて素直で穏やか。
「もう一度、子どものようにあなたを愛したい」というリフレインが深く刺さる。
ゴシック・ロックという枠を超えた、タイムレスなポップ・バラード。
9. Who Will Love Me Tomorrow?
本作中もっともヘヴィでサイケデリックな音像を持つ、問いかけ型のロック・チューン。
厚みのあるギターと不穏なシンセ、崩れるようなコード進行が、不安と欲望のせめぎ合いを浮かび上がらせる。
『Masque』が持つ実験性の象徴でもある楽曲。
10. You Make Me Breathe
ゴスペル的な女性コーラスを導入し、ソウルフルかつ祝祭感あるサウンドで“生きることの喜び”を歌うという異色作。
「君がいるから息ができる」というストレートな表現は、前作までの比喩的世界観と対照的。
その分、リスナーに強く届く開かれたエモーションがある。
11. From One Jesus to Another
宗教性と人間の弱さを、皮肉と信仰のあいだで描いた深い曲。
軽快なビートに反して、歌詞は極めて重く、“救済の拒絶”や“偽善”といった主題を内包。
本作のタイトル“Masque”=“仮面”を最も象徴する、信仰と欺瞞のメタ演劇的トラック。
総評
『Masque』は、The Missionが自らの音楽的殻を破り、**大胆にジャンルとスタイルを横断した“自己変容のアルバム”**である。
ゴシック・ロックのイメージを一度脱ぎ捨て、愛と喪失、信仰と偽善、幻想と現実のあいだで揺れる多様な“仮面の顔”を次々に披露する本作は、
混沌としているが、それゆえに強いエネルギーを放っている。
当時のリスナーには戸惑いを与えたが、今振り返れば、The Missionがいかに野心的なバンドであったかを証明する作品であり、
単なる“ゴスの英雄”ではなく、詩と音の探求者としての本質が最も表れたアルバムなのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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The Cure – Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me (1987)
ジャンルを横断する野心作。ポップとゴス、実験性の共存。 -
Siouxsie and the Banshees – Superstition (1991)
ポスト・ゴス時代の方向転換と洗練。『Masque』と同様の挑戦作。 -
David Sylvian – Secrets of the Beehive (1987)
宗教性と詩的感受性の共鳴。内面の声を音楽化する試み。 -
The Church – Priest=Aura (1992)
幻想と現実の間を漂う、サイケでリリカルな世界観。 -
Peter Murphy – Deep (1989)
ゴス出身アーティストのメジャー志向化とメロディ重視の好例。The Missionの進化と並走する道筋。
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