イントロダクション
身体ひとつとアコースティック・ギター１本で、ビートもメロディもベースラインも同時に鳴らしてしまう。
そんな“ワンマン・オーケストラ”の驚異を突き詰める若きギタリストが〈MARCIN〉だ。
SNS でのウィルス的拡散を追い風に 2020 年代半ばにはワールドツアーを実現し、ファンク、クラシック、メタル、ヒップホップを自在に縫い合わせる圧倒的フィンガースタイルで世界の耳目をさらった。
本稿では、MARCIN の軌跡と音楽的個性、代表曲、アルバムごとの進化、そして彼が与えたインパクトまでを多角的に掘り下げる。
アーティストの背景と歴史
2000 年、ポーランド南部キェルツェに生まれたマルチン・パトシャレクは、10 歳でギターと出会う。
当初はクラシック楽曲を指先できっちり奏でる優等生タイプだったが、13 歳でトミー・エマニュエルの動画を観て衝撃を受ける。
“ギター１本でリズムもパーカッションもできる”――その可能性に憑かれ、タッピングやスラム奏法を猛練習。
2015 年、国際コンテスト『Fingerstyle Guitar Championship』で最年少優勝を果たすと、翌年には自主制作アルバム『Hush』をリリースしヨーロッパのギターファンから注目を浴びた。
決定的な飛躍は 2018 年のタレント番組『Poland’s Got Talent』で優勝をさらった瞬間だ。
〈Shape of You〉の超絶アレンジ映像がネットで拡散し、わずか数日で再生数は千万回を突破。
その勢いを保ったまま 2023 年にはアメリカの番組『America’s Got Talent』へも出演し、全米の視聴者を驚嘆させた。
2024 年、初のフルレンス作品『Dragon in Harmony』を発表。
同作ではプログレ・メタルの重厚リフや古典オペラ〈カルメン〉のハバネラ旋律までも取り込み、自らのルーツを一枚に凝縮した。
2025 年からはヨーロッパ、北米、モロッコ、日本を横断するワールドツアーを敢行し、クラブからシンフォニックホールまで会場の垣根を軽々と飛び越えている。
音楽スタイルと影響
MARCIN の演奏は、フィンガーピッキング、タッピング、ボディヒットを複合した“パーカッシヴ・フィンガースタイル”が核となる。
右手は弦をつま弾きながら同時にボディを叩き、左手はハンマリングでベースラインと和声を構築。
一見アクロバティックだが、クラシックで培った正確無比な運指が土台にあるため、骨太のリズムと流麗なメロディが共存する。
影響源として彼が頻繁に挙げるのは、トミー・エマニュエルとロドリーゴ・イ・ガブリエーラの躍動感、スティーヴン・レイシーのソウルフルなコードワーク、そしてメタル領域の Animals as Leaders や Polyphia のテクニカル美学。
クラシック畑の素養と YouTube 世代の多感な好奇心が掛け算され、ジャンルを跨ぐスピード感が生まれている。
代表曲の解説
Carmen – Habanera (Arranged by MARCIN)
ビゼーのオペラ〈カルメン〉より〈ハバネラ〉を大胆に再編。
冒頭の低音ドローンで観客の呼吸を止め、原曲の妖艶な旋律を高速タッピングへ転化する。
中盤で弦をクロスチューニングしながらテンポを倍化させる離れ業は“ギターは手品”とでも言いたげだ。
Bite Your Nails
『Dragon in Harmony』の先行シングル。
メタリックなリフとハーフテンポのビートをギター１本で同居させ、サビで突如アフロビートの裏拍を刻む構成。
爪を噛む衝動をテーマにした歌詞（彼自身のヴォーカル）はコミカルだが、サウンドは硬質で中毒性が高い。
Classical Dragon（feat. Tim Henson）
Polyphia のギタリスト Tim Henson と共演した“トリプルタッピングバトル”。
バロック的対位法とハイゲインフュージョンをミックスし、楽曲終盤には両者が同一フレーズを鏡写しで弾く圧巻のカノンが登場する。
I Wish（with Hayato Sumino）
ピアニスト角野隼斗とのコラボ。
ピアノの連打とギターのハーモニクスがレース編みのように絡み、クラシックとジャズの境界を曖昧にする。
終盤のユニゾンパッセージは、鍵盤と弦が“ひとつの楽器”になり得ることを証明している。
アルバムごとの進化
『Hush』 (2016)
高校在学中に録音された自主制作盤。
マイク１本のローファイ環境にもかかわらず、打楽器的アプローチの完成度はすでに高い。
ポーランド民謡の旋律を混ぜたトラックもあり、地元の空気が匂い立つ。
『Dragon in Harmony』 (2024)
メジャー流通となった初フルレンス。
EDM 的ビルドアップ、フラメンコのクラップ、ネオソウルのコード、メタルのブレイクダウン――多層的なサウンドをすべて６弦で再現。
ゲスト陣も豪華で、Tim Henson やドラマー Anika Nilles が加わり“ポスト・フィンガースタイル”を提示した。
『First Love – EP』 (2025)
歌モノ指向を強めた最新作。
自らマイクを握り、恋愛初期の甘やかな動悸を R&B ビートとギターオーケストレーションで描く。
ファンの Voice Note をコーラス素材に使う試みも新鮮だ。
影響を受けたアーティストと音楽
・トミー・エマニュエルから学んだ“旋律と打楽器の両立”。
・ポリフィア、チャオン・ベンソンといったネット発テクニカル勢のスピード感。
・イングウェイ・マルムスティーンの新古典メロディとパガニーニ的ヴィルトゥオジティ。
・さらにレディ・ガガやケンドリック・ラマーも愛聴し、ポップ構造とコンセプチュアルな世界観を参考にしている。
影響を与えたアーティストと音楽
TikTok や Instagram で台頭する“１分完結型ギター動画”の多くが MARCIN の編集リズムを踏襲。
また、アジア圏の若手フィンガーピッカー（Sungha Jung の後続世代）もボディヒットやハープハーモニクスを取り入れ、ライブでの“ルーパー不使用”を売りにし始めた。
教育分野では、彼のフリー配布タブ譜が中高生のギター教材として拡散し、“譜読みより先に動画で覚える”学習スタイルを定着させている。
オリジナル要素
- 世界遺産ステージ企画
2026 年に予定されるプロジェクトでは、ポーランドの岩塩坑〈ヴィエリチカ〉やスペインのセゴビア旧市街で 360°空間録音ライブを敢行予定。
岩肌の残響を生音でサンプリングし、その場でビートに組み込む“現地一発録りアルバム”を制作するという。 - AI との即興セッション
最新ツアーでは、観客のスマホからリアルタイムで収集した歓声を AI ドラムパターンに変換し、自身のギターに合わせて即興リミックス。
“会場全員がパーカッショニスト”という体験を生み、ライブとテクノロジーの融合を一歩進めた。 - 指板視点カメラの特許出願
手首に装着する極小ジンバルカメラを開発中。
演奏中でも滑らかな指板映像を配信でき、オンラインレッスンや VR ライブの没入感を劇的に高める狙いだ。
まとめ
MARCIN は、ギターというアナログ楽器のポテンシャルをインターネット時代の速度で拡張し続ける。
超絶技巧はもちろんだが、その根底には“ひとりでどこまで世界を創れるか”という少年の遊び心が脈打っている。
指が弦を叩いた瞬間に生まれるパルスは、スマホのスピーカーを飛び出し、ホールの天井を震わせ、やがて世界遺産の岩壁にも刻まれるだろう。
次のステージで彼がどんな景色を見せてくれるのか――期待は尽きない。
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