
発売日: 1970年8月25日
ジャンル: ブルースロック、ソウル、ゴスペルロック
概要
『Mad Dogs & Englishmen』は、ジョー・コッカーが1970年に発表したライブアルバムであり、
彼のキャリアにおける伝説的な瞬間をとらえた、ロック史に残る記録である。
このツアーは、当初予定されていなかった。
アメリカのマネージャーから急遽要求された全国ツアーに応じるため、
レオン・ラッセルを音楽監督に迎え、わずか数日で大規模バンドを結成。
デレク&ドミノスやリオン・ラッセル一派の精鋭たち、ゴスペルコーラス、ホーンセクションを含む
総勢約40名の「マッド・ドッグス&イングリッシュメン」が生まれた。
アルバムは、1970年3月27日と28日にニューヨークのフィルモア・イーストで行われたコンサートを中心に収録。
ブルース、ソウル、ロック、ゴスペルが交錯する、圧倒的な熱量と混沌を封じ込めた作品となっている。
混迷する1970年――
『Mad Dogs & Englishmen』は、自由と無秩序、魂の叫びが爆発する、
まさにロックンロールの祝祭そのものなのである。
全曲レビュー
(※オリジナル盤基準)
1. Introduction / Honky Tonk Women
ローリング・ストーンズのカバーで幕を開ける。
荒々しく泥臭いグルーヴが、コンサートの熱気を一瞬で伝える。
2. Sticks and Stones
レイ・チャールズで知られるソウルクラシック。
コッカーのハスキーなシャウトとバンドの爆発力が絶妙に絡み合う。
3. Cry Me a River
ジャズ・スタンダードをドラマティックにロックバラード化。
静と動のコントラストが鮮やかで、コッカーの情念が炸裂する。
4. Bird on the Wire
レナード・コーエンの繊細なバラードを、ソウルフルに大胆解釈。
孤独と自由への祈りが、ほとばしる情感とともに描かれる。
5. Feelin’ Alright
トラフィックのカバー。
グルーヴィーでダンサブルなアレンジに、バンドの一体感がみなぎる。
6. Superstar
レオン・ラッセル作、のちにカーペンターズがヒットさせた曲。
ここでは、より荒々しく、傷ついた心をむき出しに歌い上げる。
7. Let’s Go Get Stoned
レイ・チャールズのもう一つのカバー。
解放と高揚感に満ちた、まさに”祝祭”のようなナンバー。
8. Blue Medley
「I’ll Drown in My Own Tears」「When Something Is Wrong with My Baby」「I’ve Been Loving You Too Long」
3曲を組み合わせたメドレー。
ゴスペルの情熱とブルースの哀しみが、魂を揺さぶる。
9. Give Peace a Chance
ジョン・レノンの平和賛歌。
会場全体を巻き込んだコーラスが、時代の理想を象徴する。
総評
『Mad Dogs & Englishmen』は、ロックのライブアルバム史上、
最も混沌と熱狂、そして人間的温もりを封じ込めた作品のひとつである。
それは完璧な演奏を目指したアルバムではない。
むしろ、雑然とした音、ぶつかり合う感情、あふれ出す歓び――
そうした生のエネルギーこそが、このアルバムの核なのである。
ジョー・コッカーの荒削りで誠実なボーカル、
レオン・ラッセル率いるバンドの圧倒的なグルーヴ、
コーラス隊の魂の叫び。
すべてが混然一体となり、
理屈を超えた感動を生み出している。
『Mad Dogs & Englishmen』は、
“音楽とは何か?”という問いに対して、
“それは魂の爆発だ”と答える、
永遠のロックンロール・ドキュメントなのである。
おすすめアルバム
- Joe Cocker / With a Little Help from My Friends
コッカーのルーツを感じるソウルフルなデビュー作。 - Leon Russell / Leon Russell
『Mad Dogs』の精神的支柱、レオン・ラッセルの代表作。 - The Band / Rock of Ages
1970年代初頭、ルーツロックの粋を集めた傑作ライヴアルバム。 - The Rolling Stones / Get Yer Ya-Ya’s Out!
同時代のライブの熱狂を封じ込めたストーンズの傑作。 -
Derek and the Dominos / In Concert
デレク&ドミノスによるブルースロックの情熱を記録したライヴ盤。
歌詞の深読みと文化的背景
『Mad Dogs & Englishmen』が生まれた1970年――
アメリカもイギリスも、60年代の夢の残骸を抱え、
戦争、分断、反乱の中で揺れていた。
このツアーは、そんな時代に、
“音楽だけが人々を一つにできる”という信念のもとに行われた。
「Give Peace a Chance」が、
単なる歌ではなく、
“時代の祈り”として会場に響いたのは偶然ではない。
ジョー・コッカーと彼の”マッド・ドッグス”たちは、
混沌と自由の中で、
“音楽とは生きることそのものだ”と、
全身で叫んでいた。
『Mad Dogs & Englishmen』は、
その叫びを、今も生々しく伝える、
奇跡のようなアルバムなのである。
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