1. 歌詞の概要
St. Vincent(本名:Annie Clark)による「Los Ageless」は、2017年にリリースされた5作目のアルバム『Masseduction』に収録された楽曲であり、都会的なアイロニーと個人的な苦悩が交差する、スタイリッシュかつ痛烈なポップソングです。タイトルの「Los Ageless」は、ロサンゼルス(Los Angeles)と“Ageless”(年を取らない、老いない)を掛け合わせた造語であり、美や若さ、自己の表層を極端に追求する都市文化に対する批評が織り込まれています。
曲中では、ロサンゼルスという場所を舞台に、整形やフィットネス、自己演出、孤独といった要素が語られ、皮肉と真実がないまぜになった世界が描かれています。だが単なる都市批評にとどまらず、その背景には「私たちは何を犠牲にしてまで“理想の自分”を保とうとしているのか?」という、現代的な自我の問いが投げかけられています。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Los Ageless」が収録された『Masseduction』は、St. Vincentがこれまでのアートロック的なスタイルから一歩踏み出し、よりポップで直接的なサウンドに振り切った作品として話題を呼びました。Jack Antonoffとの共同プロデュースによって生み出された本作は、ミニマルなビート、エレクトロポップの質感、そしてSt. Vincentならではのギター・サウンドが融合し、現代的で挑発的な仕上がりを見せています。
St. Vincentはインタビューにおいて、「Los Ageless」はロサンゼルスそのものというより、「そこにいる人々、そこに住む心の状態を描いた曲」だと語っています。それは“老いない”ことを求める強迫観念、“見た目”が“実存”を侵食する感覚、そしてそれによって生まれる孤独や不安がテーマとなっており、ポップソングの皮をかぶったきわめてラディカルな社会批評でもあります。
3. 歌詞の抜粋と和訳
In Los Ageless, the mothers milk their young
ロス・エイジレスでは、母親が子どもを搾取するBut I can’t turn off what turns me on
でも私を興奮させるものを、止めることなんてできないHow can anybody have you and lose you
誰かを手に入れたあとで、どうして手放せるの?And not lose their minds too?
そして同時に正気を失わずにいられるの?How can anybody love you and lose you
どうして誰かを愛して失ってAnd not lose their minds too?
正気のままでいられるの?Los Ageless keeps me dreaming
ロス・エイジレスが私を夢見させる
歌詞全文はこちら:
Genius Lyrics – Los Ageless
4. 歌詞の考察
「Los Ageless」は、“都市”をメタファーとした“心の風景”を描いています。ここでのロサンゼルスは単なる地名ではなく、美と若さ、刺激と消費、願望と崩壊が交錯する“精神の空間”として機能しています。
「母が子を搾取する」という一節は、自己愛や虚栄心によって親密な関係が歪められる様子を象徴しており、都市生活における“育む愛”の不在を表しています。また、「興奮を止められない」「誰かを失って正気を保てるのか」といったラインには、恋愛や性愛、自己破壊への強烈な衝動が吐露されており、単なる都市風刺ではなく、個人的な苦悩が深く根を張っていることがわかります。
コーラスで繰り返される問いかけ──「How can anybody love you and lose you and not lose their minds too?」は、執着と喪失の痛みに満ちたフレーズであり、曲全体を包む焦燥感の核をなしています。これは恋愛だけでなく、“理想像”を追い求めること自体に対する葛藤や疲弊としても読み取れ、聴く者の多くが何らかの共鳴を覚えるであろう普遍的な感情を描いています。
そして「Los Ageless keeps me dreaming」という終盤のラインは、すべてを知りながらも、その“夢”をやめられない矛盾を表しています。夢でありながら現実を侵食し、逃れられない都市と自己イメージ──その閉塞感こそが、この曲の真のテーマなのです。
引用した歌詞の出典:
© Genius Lyrics
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Perfect Illusion by Lady Gaga
幻想に酔い、破れた愛の正体を叫ぶナンバー。St. Vincentの痛烈な自己投影と共鳴。 - Green Light by Lorde
恋の終わりと解放をダンスに変えた一曲。Jack Antonoffのプロデュースで共通点も多い。 - Born to Die by Lana Del Rey
愛、死、美の同居する退廃的な世界観。都市と女性性へのメランコリックな視線が重なる。 - Digital Witness by St. Vincent
同じくSt. Vincentによる、現代社会と監視文化を風刺した楽曲。思想とビートが交錯する代表作。
6. 夢は美しく、残酷──“ロス・エイジレス”という病の肖像
「Los Ageless」は、きらびやかな都市生活に潜む“痛み”と“病”を、皮肉と詩的な感受性で描いた現代の寓話です。それはロサンゼルスという地名を借りた“現代文明”そのもののメタファーでもあり、SNSや整形文化、恋愛マーケット、自己ブランド化といった現代の“自己演出社会”の問題を鋭く掘り下げています。
それでいて、楽曲は決して説教的ではありません。エレクトロポップの心地よいビート、耳に残るメロディ、艶やかなボーカルによって、St. Vincentはその重たいメッセージを“魅力的な毒”として提示しているのです。
「夢を見せてくれるものが、私を壊す」──
その矛盾を私たちは受け入れながら、それでも“Los Ageless”という幻想の都市で、今日も生きているのかもしれません。
コメント