発売日: 2001年10月
ジャンル: オルタナティブ・ロック、デジタル・ロック、ブレイクビーツ・ロック
概要
『London』は、Jesus Jonesが2001年に自主レーベルからリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、商業主義と決別した“自己再構築”の記録である。
1990年代の終盤、バンドはメジャーレーベルとの契約を解消し、音楽業界から半ば離れた状態にあった。
しかし、マイク・エドワーズは制作を止めることなく、限られた予算と環境で完全なセルフ・プロデュース作としてこのアルバムを完成させた。
タイトル『London』は、活動の拠点でもあるこの都市の名前であると同時に、過密で混沌とした現代の象徴としても機能している。
ここには『Doubt』や『Perverse』のような高揚感も、『Already』のようなポップ志向もあまりない。
代わりに存在するのは、情報過多と孤立感に苛まれながらも、静かに自分を問い直す音である。
全曲レビュー
1. Message
アルバムの冒頭を飾る、ソリッドなビートと断片的なギターが絡む1曲。
「メッセージ」という言葉の裏には、伝えたくても伝わらない現代のコミュニケーションの難しさが刻まれている。
不穏でありながら、どこか希望を捨てないサウンドが印象的。
2. Stranger
シンプルなリズムとダークなコード感が支配する楽曲。
「見知らぬ人」というタイトルは、都市の中で感じる孤独や、自分自身さえ見失う感覚を象徴しているようだ。
ポスト・ブリットポップの倦怠感を思わせるムードがある。
3. The Rocket Ships of La Jolla
異色のタイトルを持つ幻想的なトラック。
アメリカ・カリフォルニアの海辺の街“La Jolla”を舞台にした比喩詩的な歌詞は、逃避と現実逃避の狭間を描く。
ロックというよりはエレクトロ・ポップに近い質感を持つ。
4. Asleep on the Motorway
疾走感あるビートに反して、歌詞には無気力と自動運転的な感覚が支配する。
「高速道路で眠る」というイメージは、現代社会の機械的な生き方への警鐘のようでもある。
Jesus Jonesらしいハイブリッドなサウンドが光る。
5. Hello Neon!
本作のハイライトの一つ。
ネオンの光=人工の世界への皮肉と陶酔を同時に描く、サイバー・ロマンティシズム的な一曲。
タイトル通りの眩しさを感じさせるサウンドに、どこか退廃的な歌詞が重なる。
現代都市の美と醜の両義性を、Jesus Jonesはここでも見事に切り取っている。
6. Where Are All the Dreams?
アルバムの中でも最も内省的で静謐なナンバー。
夢はどこに行ったのか?という問いは、90年代の理想主義から2000年代の現実主義への転換を象徴している。
ピアノとシンセが織り成す淡いサウンドスケープが印象的。
7. To Get There
中盤で一度テンポを取り戻すようなアッパーな楽曲。
「そこにたどり着くには」というタイトルが示すように、目標に向かう過程の葛藤と加速感がテーマとなっている。
歪んだギターとエレクトロビートの融合が、本作におけるJesus Jonesの美学を再確認させてくれる。
8. Nowhere Slow
タイトルがすでに詩的であり、“どこにも向かわずゆっくり進む”という現代的な倦怠がそのまま音になっている。
ループするメロディとミニマルなリズムは、終わりなき都市生活のメタファーのようにも響く。
Jesus Jonesの持つ「動きながら停滞する」という矛盾の美を体現する楽曲。
9. In the Face of All This
社会的混乱と個人の感情がぶつかるような重いテーマ。
「こんな現実を前にして、それでもどう生きるか?」という問いかけが、メディア、戦争、孤独といった要素を背景に展開されていく。
ノイジーなサウンドと、諦念すら含んだヴォーカルが印象深い。
10. Nothing Out There at All
静かなアウトロ的楽曲。
アルバム全体を振り返るような穏やかなトーンで、希望も絶望も“外には何もない”という言葉に集約される。
それは諦めではなく、すべては“内側”にあるのだという再発見のようにも聴こえる。
総評
『London』は、Jesus Jonesが音楽業界の中心から離れた場所で、自分たちだけの声を見つめ直したアルバムである。
本作における彼らの音楽は、派手なギミックやヒット性を持たない代わりに、都市と人間、情報と実感とのあいだで揺れるリアリティに満ちている。
90年代の“今ここ”を歌った『Doubt』が外へ向かうアルバムだったとすれば、『London』は内側に沈潜する祈りのような作品である。
自主制作という立場から、アート性と自己省察がより顕著になり、Jesus Jonesが単なるデジタル・ロックバンドではなく、時代を記録する言葉と音の作家集団であることを証明している。
派手さこそないが、2000年代初頭の閉塞感や変化の波を音楽として刻印した、知る人ぞ知るポスト・デジタル時代の傑作である。
おすすめアルバム(5枚)
-
Doves – Lost Souls (2000)
同時代のUKロックにおける“都市と感情の叙景詩”。音の陰影と美しさが共鳴。 -
Radiohead – Amnesiac (2001)
実験性と内省が融合した作品として、Jesus Jonesの本作と対をなす存在。 -
New Order – Get Ready (2001)
ロックと電子音の再統合という意味で、Jesus Jonesの延長線にある。 -
Stereolab – Sound-Dust (2001)
ミニマルで政治的なポップという点で、Jesus Jonesのアート志向と通じ合う。 -
David Sylvian – Blemish (2003)
自己の内面と都市の沈黙を音にした名作。静かな“再起”の美しさが似ている。
コメント