
1. 概要
「Locked In(DJ Mixes)」は、ロンドンを拠点に活動するDJ/ラジオホスト JYOTY(ジョーティ) が2021年にApple Musicの「Locked In」シリーズ向けに提供したスペシャルミックスであり、パンデミック期の“閉じ込められた日常”にリズムと解放を取り戻す試みとして高く評価された作品である。
このシリーズのタイトル「Locked In」は、クラブ・カルチャーでは**「音に夢中になってフロアに入り込む状態」**を意味すると同時に、COVID-19下でのロックダウン生活の比喩ともなっており、その二重性をJYOTYは絶妙な選曲とストーリーテリングで表現している。
このミックスでは、グライム、ジャージークラブ、UKファンキー、アマピアノ、ヒップホップ、そしてサウスアジアン・ディアスポラ音楽までも自在にクロスオーバー。スピーカーの前でのダンスという最小の自由の中に、最大の拡張性を見せるミックスとなっている。
2. 背景とコンセプト
2021年、世界中のダンスフロアが閉じられ、人々は家に“ロックイン”された。
その中で、JYOTYはこのミックスを通じて、「どこにも行けなくても、音楽でどこへでも行ける」という感覚をリスナーに届けている。
JYOTYにとってミックスとは、「単に曲を並べることではなく、文化、記憶、運動、感情を繋げる語りのかたち」である。
その語りは、しばしば多様性や周縁文化、女性の表現、ディアスポラの誇りといったトピックと強く結びついており、「Locked In」ではその世界観がよりパーソナルに、内省的に、かつ自由に展開されている。
3. 選曲と構成の特徴
「Locked In」は約1時間のミックスでありながら、聴き手にとってはまるで1つの短編映画のような旅である。
前半から中盤にかけてはジャージークラブやグライム、R&Bリミックスを軸に、日常の延長線にあるリズムを提示。
中盤以降は、アフロビートやアマピアノ、UKファンキーへと展開し、都市の閉塞感のなかで身体を解放するような快楽のリズムが広がっていく。
- ジャージークラブの跳ねるようなリズムは、閉じた部屋で“音だけが踊っている”ような浮遊感を演出。
- グライムやヒップホップのベースが効いたセクションは、都市の孤独と怒りを可視化。
- インド音楽をサンプリングしたリミックスでは、JYOTY自身のルーツがさりげなく表出し、ミックスに温度差と個人的色彩を与えている。
特に印象的なのは、パンジャービ語のボーカルが差し込まれる瞬間。
それはまるで、自室から世界へと一気に窓が開くような感覚を生み、音楽というメディアが持つ“越境性”を象徴するポイントになっている。
4. “内にこもること”と“外に開くこと”のあいだで
このミックスの美しさは、“閉じこもる”という行為をネガティブに描かない点にもある。
JYOTYはむしろ、「家にいること」や「自分の中を見つめること」を、リズムと音で充たされた“儀式”のようなものとして提示している。
言い換えれば、「Locked In」はクラブがない時代のクラブであり、
ダンスフロアを奪われた私たちが、自らの身体と音で“居場所”を再構築していく記録なのである。
同時に、それはサウンドによって**“もうひとつの現実”を立ち上げる行為**でもある。
物理的には動けなくても、音によって心は逃げられる。あるいは、戦える。
JYOTYの選曲はそのための武器であり、慰めでもある。
5. このミックスが好きな人におすすめのDJ・セット
- Anz – Spring/Summer Dubs 2021
リズミカルでジャンルレスな疾走感。パーソナルな視点とダンス性が共通。 -
BAMBII – TRUANTS Mix
政治と身体性を両立させる鋭い選曲と構成。JYOTYと親和性が高い。 -
Yung Singh – Daytimers Mix
サウスアジアン・ディアスポラとUKクラブ文化の交錯点を描くミックス。 -
Sherelle – BBC Essential Mix
スピード感と思想性が融合した名作。未来志向のダンスミュージック。 -
Manara – BBC 1Xtra Residency Mixes
ボリウッドとガラージが交差する祝祭的ミックス。文化と音の溶解点。
6. “ロックイン”された日常で、音が窓になる
「Locked In」は、日常のなかにある音の魔法、そしてその魔法が持つ政治性や身体性のすべてを、繊細に紡ぎ出したDJミックスである。
これはただのエンターテインメントではない。
音でできた地図であり、日記であり、そして時に檄文でもある。
JYOTYのミックスが私たちに教えてくれるのは、
たとえ世界が閉じてしまっても、
“音を鳴らすことで、自分を解放できる”という普遍の真実だ。
「Locked In」——それは“閉じ込められた”という意味であると同時に、
“音と自分が完全に繋がった”という希望の宣言でもあるのだ。
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