
発売日: 1973年12月
ジャンル: ソウル、サザンソウル、R&B
概要
『Livin’ for You』は、アル・グリーンが1973年末に発表した6作目のスタジオアルバムであり、
前作『Call Me』に続く流れの中で制作された、円熟と優雅さを極めた作品である。
プロデューサーは引き続きウィリー・ミッチェル。
Hiスタジオのスムースなグルーヴ、柔らかなホーン、しなやかなリズム隊が、
グリーンの繊細でスピリチュアルなボーカルを包み込み、
まるで一編の愛の物語を語るかのような統一感を持ったアルバムに仕上がっている。
大ヒットシングル「Livin’ for You」を中心に、
愛、喪失、赦し、祈り――
人間の心の機微を静かに、しかし深く掘り下げる。
本作は、派手なヒットや革新性を追うのではなく、
**ソウルミュージックの本質――“心に寄り添うこと”**に徹した、
グリーンならではの静かなる傑作なのである。
全曲レビュー
1. Livin’ for You
アルバムの表題曲にして、チャートでも成功を収めたバラード。
“君のために生きる”という誓いを、
ささやくような優しい声と甘いリズムで紡ぎ出す。
2. Home Again
穏やかなメロディに乗せて、
失われた愛と再会への願いを静かに語るラブソング。
3. Free at Last
軽やかなファンクフィールを持つミディアムナンバー。
束縛からの解放と、新たな自由を喜びに満ちたタッチで描く。
4. Let’s Get Married
人生のパートナーシップをテーマにした、幸福感あふれるラブソング。
ゴスペル的高揚感が滲む、心温まる一曲。
5. So Good to Be Here
生きていること、愛を感じられることへの純粋な感謝を歌う、
明るく朗らかなミディアムテンポの楽曲。
6. Sweet Sixteen
B.B.キングのブルーススタンダードをソウル風にアレンジしたカバー。
恋のほろ苦さと純粋さを、グリーン独特の柔らかなタッチで表現する。
7. Unchained Melody
ライチャス・ブラザーズで知られるバラードをカバー。
原曲の壮大さを保ちながらも、より内省的でスピリチュアルなニュアンスを加えている。
8. My God Is Real
ゴスペルへの回帰を感じさせる短いスピリチュアルナンバー。
グリーンの宗教的志向が徐々に色濃くなってきた兆しがうかがえる。
9. Beware
警戒心と心の葛藤をテーマにした、ダークなソウルバラード。
裏切りへの苦い想いと、それでも愛を信じたい気持ちが交錯する。
10. Oh Me, Oh My (Dreams in My Arms)
アーリーン・スミス作のラブバラード。
夢見るような恋心を、やわらかく、そして誠実に歌い上げる。
総評
『Livin’ for You』は、アル・グリーンが
内面的な成熟と静かな情熱をそのまま音に封じ込めた作品である。
『Let’s Stay Together』や『Call Me』のような
“代表曲”こそ少ないかもしれない。
だがその分、アルバム全体のムードは統一され、
**”静かなる魂の旅”**として、リスナーの心に寄り添う力を持っている。
グリーンはここで、
単なる恋愛ソングにとどまらず、
“愛するとはどういうことか”、
“信じるとは何か”という、
より普遍的なテーマに静かに踏み込んでいる。
『Livin’ for You』は、
激情ではなく、囁きと祈りによって心を打つ、
成熟したソウルの傑作なのである。
おすすめアルバム
- Al Green / I’m Still in Love with You
愛と成熟を極めた、グリーン流ソウルバラードの最高峰。 - Al Green / Call Me
本作と地続きの、叙情的でスピリチュアルなソウルの名盤。 - Bobby Womack / Across 110th Street
同時代のリアルな哀愁を宿したソウル・ストリートの名作。 - Otis Redding / Love Man
愛と情熱をストレートに歌い上げたサザンソウルの名盤。 - Bill Withers / Still Bill
日常の中の愛と希望を、静かに力強く描いたソウルクラシック。
歌詞の深読みと文化的背景
1973年末――
アメリカは依然としてベトナム戦争の傷跡と社会不安を抱え、
未来への希望と不安が交錯する時代だった。
そんな中でアル・グリーンは、
世界を変えるために叫ぶのではなく、
個人の心の中に灯る小さな光を守ることを選んだ。
「Livin’ for You」では、
無条件の愛に生きることの尊さを、
「Let’s Get Married」では、
一人ではなく共に歩む決意を、
「My God Is Real」では、
信仰の中に支えを求める心を――
グリーンはそっと歌い上げる。
『Livin’ for You』は、
大きな声で語られる正義ではなく、
静かに響く、個人の愛と信仰の物語。
それは今も、変わらず私たちの心に寄り添っている。
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