アルバムレビュー：Little Robbers by The Motels

発売日: 1983年9月16日
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、ポップ・ロック、シンセ・ポップ

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Little Robbers』は、The Motelsが1983年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおいて最大のヒット作となった。
特にシングル「Suddenly Last Summer」は全米Top10入りを果たし、彼らの名を一般リスナー層にまで浸透させた代表曲である。

本作では前作『All Four One』で獲得した洗練されたポップ性をさらに推し進め、シンセを効果的に取り入れながらも、マーサ・デイヴィスの感情表現豊かなヴォーカルは健在。
1980年代中盤のMTV時代の空気を色濃く反映したビジュアルとサウンドの融合は、The Motelsを単なるニュー・ウェイヴ・バンド以上の存在へと押し上げた。

その一方で、アルバム全体には失われた時間、儚い恋、自己と記憶の喪失といった、マーサ独特の文学的世界観が貫かれており、単なる商業的ポップに終始しない深みがある。
『Little Robbers』は、夢見るようなサウンドの背後に、切実な現実感が滲むアルバムなのだ。

全曲レビュー

1. Where Do We Go from Here (Nothing Sacred)

ドラマチックな幕開けを飾る楽曲。
何かが終わったあとの“ここからどこへ行けばいいのか”という問いかけが、シンセの海の中に漂うように響く。
アルバムのテーマである「変化と喪失」が、この時点でほのかに提示されている。

2. Suddenly Last Summer

バンド最大のヒットにして、80年代ドリーミー・ポップの金字塔とも言える名曲。
夏の終わりにふと訪れる喪失感をテーマにしており、淡く切ないメロディとマーサの静かな歌声が印象的。
「突然だった、でも確かに何かが終わった」という情景描写が、聴き手の記憶をも揺さぶる。

3. Isle of You

タイトルは“Island of You”と“I love you”の言葉遊びになっており、軽やかなラブソングのようでいて、孤独を漂わせる。
明るく跳ねるようなメロディと、うっすらとした切なさのコントラストが絶妙。

4. Trust Me

リズミカルなギターと緊迫したヴォーカルが印象的なナンバー。
「信じて」と繰り返す主人公の声には、疑念と希望が混ざり合っており、単純な恋愛ソングには終わらない深層がある。
演奏もタイトで、ライヴ映えする構成。

5. Monday Shutdown

都市のリズムと憂鬱が交錯するような楽曲。
月曜の閉塞感をテーマにしながら、どこか冷ややかで幻想的な質感が広がる。
ニュー・ウェイヴ特有の無機質さとエモーションの同居が魅力。

6. Remember the Nights

アルバムの中で最もパワフルでストレートなポップ・ロック。
記憶にとらわれた夜たちへの郷愁が、鮮やかに描かれている。
サビの高揚感が抜群で、ライヴの定番曲としても人気が高い。

7. Little Robbers

アルバムタイトル曲であり、感情の輪郭がやや曖昧な、不思議な浮遊感のあるナンバー。
「小さな泥棒たち」は、時間、記憶、感情といった形のないものを奪っていく存在として描かれている。
詩的でメタファーに満ちた詞世界が、マーサの文学的センスを感じさせる。

8. Into the Heartland

疾走感のあるギターが印象的なトラックで、アメリカの広大な内陸部（Heartland）への憧憬と逃避を重ね合わせている。
ニュー・ウェイヴ的な視点から見た「アメリカーナ」の変奏とも言える。

9. Tables Turned

物語性の強いナンバーで、人間関係の力関係の逆転を描く。
メロディはミニマルだが、歌詞の描写力が光り、リスナーの想像を刺激する。
マーサの語りかけるようなヴォーカルが秀逸。

10. Footsteps

静かなギターアルペジオで始まり、徐々に高まる構成が美しい。
誰かの残した「足跡」をたどるようなイメージで、記憶と現在の自己が交錯する。
クロージングとして非常に詩的で、余韻を残すラストトラック。

総評

『Little Robbers』は、The Motelsが“ポップ”という形式を最大限に活用しながらも、自身の芸術的・感情的な核を見失わなかった作品である。
「突然の夏の終わり」「失われた夜」「小さな泥棒たち」——そういった一見曖昧なテーマが、マーサ・デイヴィスの声を通して輪郭を持ち、私たちの記憶と重なり合っていく。

80年代らしい洗練されたサウンド、キャッチーなメロディ、MTV映えする映像性を備えながらも、表層には出てこない感情の陰影が随所に刻まれている。
このバランス感覚こそが、The Motelsの真の魅力であり、『Little Robbers』はその完成形のひとつと言ってよい。

シンセ・ポップやAOR的な要素も吸収しながら、内面に沈んでいくようなメロウネスと文学性を両立させた本作は、単なる80年代のヒット作以上の存在感を放っている。
一度聴いた者の中に、「あの夏」「あの夜」の感触を呼び起こす、記憶のトリガーのようなアルバムである。