発売日: 2024年2月23日
ジャンル: アート・ロック、スポークン・ワード、エクスペリメンタル・ロック、ジャズ・ポエトリー
『Life, Death and Dennis Hopper』は、The Waterboysが2024年に発表した通算16作目のスタジオ・アルバムであり、
マイク・スコットの詩人としての側面がこれまでになく強調された、“言葉と音の実験場”としての記念碑的作品である。
全12曲中10曲がスポークン・ワードという、彼らのディスコグラフィにおいても異例の構成となっており、
内容的には、存在、死、神秘、社会、芸術、そしてデニス・ホッパーという象徴的存在をめぐる散文詩的モノローグが展開される。
本作は、前々作『Good Luck, Seeker』(2020)と前作『All Souls Hill』(2022)で確立された語りとサウンドの融合手法の極致とも言え、
**ラジカルにして親密、哲学的にしてユーモラス、抽象的にして生々しい“音と言葉の旅”**となっている。
全曲レビュー
1. The Lateness of the Hour
静寂から始まる語りによって、存在の重みが静かに立ち上がるオープニング。
夜の静けさと内面の混沌を重ね合わせた、詩的なモノローグとジャズ・ドラムが印象的。
2. Man, What a Woman
過去作の楽曲をスポークン・ワード・スタイルに再構築。
愛と記憶の断片が即興詩的に語られる、軽快でリズミカルな一曲。
3. Precious Time
時間の不可逆性と、その中での人間の営みをテーマにした哲学詩。
ビートはミニマルながら、語りの熱量が増すにつれてスリリングな緊張感が生まれる。
4. The Man Who Wasn’t There (For Kenny)
喪失と追悼をテーマにした内省的トラック。
実在の人物に捧げられたと思われるこの楽曲は、存在の不在を語ることで、深い余韻を残す。
5. The Cowboy and the Poet
アメリカの文化的原風景を思わせる、ユーモアと憧れが交錯する語り。
西部劇と現代詩人が夢の中で交差するような、不思議な感触の小編。
6. Everybody’s Somebody
人間賛歌とも言うべき温かなナンバー。
「誰もが誰かにとっての“誰か”である」というメッセージが、穏やかなサウンドとともに胸に沁みる。
7. Wrong Train
人生の選択ミス、後悔、転換を鉄道の比喩で語るトラック。
単なる後悔ではなく、間違った列車のなかで見える風景の美しさにも目を向けているのが印象的。
8. King Electric
唯一のフル・ボーカルトラック。
サイケデリックでグルーヴィーなバンド演奏と、マイク・スコットの歌が交差する、
アルバム中もっとも“Waterboysらしい”エネルギーを放つ楽曲。
9. Life, Death
タイトル曲の前編とも言える抽象詩。
死のイメージが静かに積み重ねられ、生と死の二項対立ではなく、連続性を描こうとする視点が際立つ。
10. Dennis Hopper
“Easy Rider”で知られるアメリカの俳優デニス・ホッパーをモチーフにした詩的肖像画。
反逆、夢、芸術、破滅、自由──それらを体現したホッパーを、スコット自身の分身として描いているとも読める。
11. Passing Through
前作にも登場した同名曲を、よりシンプルに語り直した短編。
“通りすぎる者”としての自己認識が、アルバムの霊的核心へとつながる。
12. Epilogue (Goodbye to the Seekers)
まるで最後の祈りのように、探求者たちに別れを告げる終曲。
“すべての探し続ける者たちよ、行く先に祝福を”──そんな言葉が、風のようにそっと響く。
総評
『Life, Death and Dennis Hopper』は、The Waterboysが音楽を超えて“言葉そのものの音楽”へと踏み込んだ前衛的な記録である。
これまでの壮大なバンド・アンサンブルも、ケルト的牧歌性も、ここにはない。
代わりにあるのは、マイク・スコットという一人の詩人/魂の探求者が、声を通して世界と向き合う姿である。
音楽としての聴きやすさよりも、詩としての強度、言葉の体温、沈黙の美学を優先した構成は、
多くのリスナーにとって挑戦的かもしれない。
だがその試みにこそ、The Waterboysの現在地、そしてロックと詩の未来が宿っている。
おすすめアルバム
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Nick Cave / Seven Psalms
音と言葉のミニマリズムに挑んだ現代詩的作品。 -
Kae Tempest / Let Them Eat Chaos
ビート詩とエレクトロニック・ポエトリーの融合。 -
Patti Smith / Peace and Noise
スポークン・ワードとロックの美しい緊張関係。 -
Laurie Anderson / Homeland
語りと音響芸術の狭間で成立する“声の旅”。 -
Leonard Cohen / The Future
預言的な詩と重厚な語りが交錯する晩年の傑作。
特筆すべき事項
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本作は、マイク・スコットがスティーヴ・ウィッカムやバンド・メンバーの演奏を抑え、
自身の“声”と“語り”を中心に据えた初のフルスケール・スポークン・ワード・アルバムである。 -
アルバム・タイトルに冠されたデニス・ホッパーは、自由、破壊、アート、神秘の象徴として、
スコットの人生哲学と深く重なる存在として語られている。 -
アルバム全体は、“探し続けることそのものが人生である”という水瓶座的世界観を象徴し、
前作『Good Luck, Seeker』『All Souls Hill』を経た、“探求三部作”の終章と位置付けられることも多い。
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