Lavender by Marillion(1985)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Lavender」は、イギリスのプログレッシブ・ロック・バンド、マリリオンMarillion)が1985年に発表したコンセプト・アルバム『Misplaced Childhood』からのシングル曲であり、同作の中心的な物語構成において非常に印象深い役割を担っている楽曲である。前作「Kayleigh」と対になるような位置づけを持ち、子ども時代の純粋な愛情や郷愁を、美しく短い詩のような形式で描いている。

歌詞では、語り手が幼いころに抱いた初恋の感情を「ラベンダーのような香り」として想起しながら、成長と共に見失ってしまった何かを取り戻そうとする姿が淡く、優しく綴られている。「I was walking in the park / Dreaming of a spark(公園を歩いていた、閃きの夢を見ながら)」という冒頭のラインに象徴されるように、この曲は現実から少し浮遊するような幻想的な世界観を持ち、聴き手をノスタルジアと夢想の間へと誘う。

サウンド的にも、流れるようなピアノとシンセ、そしてフィッシュ(Fish)の物語るようなボーカルが一体となり、子供の頃の“無垢な愛”を音楽として描くことに成功している。歌詞はわずか数分の曲の中に、記憶、純粋さ、憧れ、そして失われた時間への思慕といった豊かな感情を凝縮している。

2. 歌詞のバックグラウンド

Misplaced Childhood』は、マリリオンのフロントマンであるフィッシュの半自伝的要素を含むコンセプト・アルバムであり、愛、喪失、自己認識、成長といったテーマを、一連の楽曲を通して物語のように描いている作品である。
「Lavender」はその中でも、“純粋な愛”を象徴する楽曲として位置づけられており、「Kayleigh」で語られる別れや後悔に対する前段階、あるいは対比として、より無垢で理想的な愛の姿が描かれている。

この曲のタイトルである「Lavender(ラベンダー)」は、イギリスにおいて古くから“純潔”や“穏やかさ”を象徴する花とされており、その香りや色味もまた、記憶や郷愁を呼び起こすモチーフとして広く使われてきた。フィッシュはこの曲で、幼少期の初恋と、時間とともに色褪せてしまったその記憶の香りを、ラベンダーという象徴的な植物に託している。

また、楽曲は19世紀の英国の童謡「Lavender’s Blue」のメロディを引用しており、伝統と現代の融合、個人と文化の記憶の重なり合いを感じさせる構造となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Lavender」の印象的なフレーズとその日本語訳である(出典:Genius Lyrics)。

“I was walking in the park / Dreaming of a spark”
「公園を歩いていた / ひらめきの夢を見ながら」
(少年時代の空想と、愛の予感を感じさせる冒頭)

“When I heard the sprinklers whisper / Shimmer in the haze of summer lawns”
「スプリンクラーのささやきを聞いた / 夏の芝生のかすみにきらめいていた」
(記憶の中の情景を、五感的に描写)

“You were standing in the road / Turning to go”
「君は道に立っていた / 振り返りながら去っていった」
(別れの瞬間と、心に残るその仕草)

“And the lavender that you left on my sleeve / I still smell it today”
「君が僕の袖に残していったラベンダーの香り / 今でもその香りが残っている」
(記憶としての愛、そしてその持続)

“Lavenders blue, dilly dilly / Lavenders green”
「ラベンダーズ・ブルー、ディリーディリー / ラベンダーズ・グリーン」
(童謡の引用によって、記憶と時間の象徴性を高めている)

短いながらも、非常に映像的かつ詩的な言葉が連なり、聴き手の心に鮮やかな情景を浮かび上がらせる。

4. 歌詞の考察

「Lavender」の歌詞は、時間を超えてもなお残る“感覚の記憶”を丁寧に掬い上げた、極めて繊細な表現で満ちている。
語り手は、愛という抽象的なものを、視覚や嗅覚、聴覚といった感覚を通して再構築しようとする。たとえば、芝生の匂い、スプリンクラーの音、袖に残ったラベンダーの香り。そういった要素が、愛という感情を構成していたと気づく瞬間こそが、この曲の核心である。

また、「Lavender’s Blue」という童謡の引用は、無垢さ、幼さ、そして純粋な誓いの象徴として機能しており、語り手が思い出の中で何を大切にしていたかがより鮮明になる。
この曲における“ラベンダー”とは、決して手に入れることはできないが、確かにそこに存在した愛の証であり、過ぎ去った時間の中で唯一残された香りのようなものである。

「Kayleigh」が“過ちと後悔”の物語であるならば、「Lavender」は“無垢な想い出”の詩であり、両曲は『Misplaced Childhood』の物語構造においてコントラストを成しながら、人間の成長と記憶の複雑さを音楽で表現している。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Childhood’s End” by Pink Floyd
    成長と記憶の象徴をテーマにしたプログレッシブ・バラード。
  • In Your Eyes” by Peter Gabriel
    愛の純粋性と内面的な祈りを同時に描いた美しいラブソング。
  • “Book of Saturday” by King Crimson
    記憶と感情の揺らぎを端的に描いた繊細なナンバー。
  • “This Woman’s Work” by Kate Bush
    感情の深部に触れる詩的な表現を持つ名バラード。
  • “Afraid of Sunlight” by Marillion(Steve Hogarth期)
    夢と現実、過去と現在が交錯する、後期マリリオンの傑作。

6. 子ども時代と記憶の結晶としての「Lavender」

「Lavender」は、アルバム『Misplaced Childhood』という一つの物語の中で、“喪失”や“大人になること”を語るための“子ども時代の純粋な象徴”として描かれている。
その短い演奏時間とシンプルな構成にもかかわらず、この楽曲が強く印象に残るのは、誰もが一度は経験する“初めての愛情”や“思い出の香り”といった感情の原型に触れているからである。

マリリオンの音楽はしばしば“物語性”や“叙情性”に優れていると評されるが、「Lavender」はその中でも最も詩的で、リスナー個々の記憶に寄り添う力を持った楽曲である。
それは“過去の誰か”への思いというよりも、“今の自分をつくった記憶”への静かな祈りであり、時間の流れにおいて忘れてはならない“原点”を、そっと思い出させてくれる。


マリリオンの「Lavender」は、記憶と感覚、愛と時間が織りなす、極めて詩的な音楽作品である。その優しい響きと夢幻的なイメージは、聴く者の心に寄り添い、遠い過去の自分自身と出会わせてくれる。そしてそこに漂う“ラベンダーの香り”は、人生の中で最も純粋だった瞬間を、私たちの中にそっと残していく。

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