
発売日: 1990年10月
ジャンル: エレクトロニック・ロック、ダンスロック、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Kool-Aid』は、Big Audio Dynamiteが1990年にイギリス限定でリリースしたアルバムであり、バンド編成を一新した「Big Audio Dynamite II」時代の幕開けを告げる過渡的作品である。
本作は、前作『Megatop Phoenix』を最後にオリジナルラインナップが解散した後、ミック・ジョーンズが新たなメンバーを率いて制作した。
その結果、『Kool-Aid』は、初期BADの多文化的・パンク的混沌とは異なり、より明快で整ったダンスロック/エレクトロ・ポップ路線へと接近している。
しかしながら、その変化は決して後退ではなく、むしろ90年代初頭におけるUKクラブカルチャーの潮流――レイヴ、ハウス、マッドチェスター――との合流を意図した自然な進化だったとも言える。
本作の多くの楽曲は、翌年リリースされる『The Globe』に再録・再構成されるため、BAD IIの音楽的実験室としての役割も果たしている。
サウンド的には、サンプリングは控えめになり、代わりにキーボードやシンセベースが楽曲の軸を担い、より洗練されたポップ感覚が前景化している。
全曲レビュー
1. Change of Atmosphere
ハウスビートと浮遊感あるシンセが交差するオープニング・トラック。
後に『The Globe』の「Rush」に再構成される原曲であり、BADの新章を告げるにふさわしい。
タイトル通り、音楽的空気の変化を明示的に打ち出している。
2. Everybody Needs a Holiday
陽性でポップなナンバー。
休日や逃避願望をテーマにしつつも、歌詞の裏には社会的疲弊や日常からの解放を求める現代人の心理が滲む。
ミック・ジョーンズのヴォーカルも柔らかく、リラックスした雰囲気が漂う。
3. Baby Don’t Apologise
メロウでアコースティック感のあるアレンジが印象的な一曲。
恋愛の傷や誤解を優しく包み込むような構成で、ダンスというよりはポップス寄りの楽曲。
感情の機微を丁寧に描いたリリックが光る。
4. Ice Cold Killer
陰影のあるベースラインとサイケデリックな空気感が混ざり合う中期BAD的ナンバー。
都市の不安や内面の混乱を、冷ややかなメタファーで表現しており、サウンド的には『Megatop Phoenix』からの地続きでもある。
5. Hollywood Boulevard
再録バージョンではない、より即興的で実験的な音像が魅力のオリジナル・テイク。
アメリカン・ドリームへの風刺とロンドンからの眺めを、サウンドコラージュと共に描く。
映画的世界観と音の編集技法がBADらしい視点を維持している。
6. Innocent Child
淡々としたビートに乗せて、幼さと純粋さ、そして時代に奪われていくものへの哀惜を歌うスロー・ナンバー。
後の『The Globe』ではエレクトロポップ的に進化するが、本作ではより内省的な印象が強い。
7. The Tea Party
政治的風刺と宗教的メタファーが交差する、サイケファンク的楽曲。
“茶会”というモチーフが、英国の古典文化から90年代のカウンターカルチャーまでを揶揄する複層的意味を持つ。
8. Beyond the Green Door
怪しげなダブ風味とスペース感覚が特徴。
グリーンドアの向こうにある“禁断の世界”を巡る幻想的なトリップをサウンドで描いている。
BADの中でも特にアブストラクトなナンバーのひとつ。
総評
『Kool-Aid』は、Big Audio Dynamiteの変容と再構築の中間点にあるアルバムであり、80年代的サンプリング・コラージュから90年代的ダンス/ポップへの転換を象徴する作品である。
本作では、BADの武器であった混沌と断片性はやや後退し、その代わりにメロディアスで整理された構造が前面に出るようになる。
その変化は、クラブカルチャーのメインストリーム化や、UKにおけるマンチェスター・ムーブメントの影響を背景としつつ、ミック・ジョーンズ自身の音楽的成熟をも示している。
また、『The Globe』へと再構築される楽曲群の原型を聴くことができる点でも、このアルバムは“試作”というだけでなく、クリエイティブな萌芽に満ちた資料的価値の高い作品なのだ。
当時UKのみでのリリースにとどまったが、現在ではBAD II時代の重要な橋渡し作品として再評価が進んでいる。
新たなリスナーにとっても、“ポスト・クラッシュ”のミック・ジョーンズの真の柔軟性と構想力を感じ取れる佳作である。
おすすめアルバム(5枚)
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Big Audio Dynamite II / The Globe (1991)
『Kool-Aid』収録曲をリファインし、世界的成功を収めた続編的アルバム。 -
Electronic / Electronic (1991)
ロックとダンス、メロディと機械性の融合という点で共通する90年代初頭の名作。 -
The Stone Roses / Second Coming (1994)
マンチェスター・サウンドの中にあるブルース的情念とBADの柔軟性が共鳴。 -
Happy Mondays / Pills ‘n’ Thrills and Bellyaches (1990)
クラブミュージックとロックの融合、BADの新路線と同時代的。 -
Stereo MC’s / Connected (1992)
ヒップホップとエレクトロ、そしてポップの三位一体的アプローチがBAD IIと近似。
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