1. 概要
「Keep the Vibe（キープ・ザ・ヴァイブ）」は、ロンドンを拠点に活動するDJ／ラジオホスト／カルチャー・キュレーターである JYOTY（ジョーティ） が2023年にリリースした、彼女にとって初のオリジナル・ソロ楽曲であり、DJカルチャーとクラブミュージックの精神を“自分自身の声”で具現化した記念碑的トラックである。
これまで数多くのミックスやBoiler Roomセット、ラジオプログラムで注目を集めてきたJYOTYだが、この曲では初めて自身が全面的にプロデュースに関わり、DJとして築いてきた“ヴァイブ”を、1曲のなかに凝縮してみせた。
「Keep the Vibe」は、文字通り**“あの空気を、あの夜を、あのビートを保ち続けろ”**というクラブカルチャーへのラブレターであり、
そして同時に、抑圧や周縁から生まれるエネルギーを、音で肯定し続けるという彼女の美学が結晶化した一作でもある。
2. バックグラウンドと制作意図
JYOTYは、パンジャービ系インド移民家庭に生まれ、ロンドンのクラブカルチャー、そしてRinse FMやBoiler Roomなどのアンダーグラウンドな現場で育ってきた。
この曲はそうした文化的背景、都市の雑踏、女性であること、南アジア系であること、クラブという居場所でのサバイバルをすべて内包したうえで、「それでもヴァイブを絶やすな」という意志を鳴らしている。
タイトルの“Keep the Vibe”というフレーズは、クラブシーンやDJの現場でよく交わされる「場の空気を壊さずに繋げる」ための合言葉でもある。
しかしJYOTYはそれを単なるDJトークではなく、「文化を繋ぐ」「記憶を繋ぐ」「声を繋ぐ」ためのレジスタンスとして用いている。
3. 音楽的構成と特徴
「Keep the Vibe」は、約3分半のミニマルで疾走感あるクラブトラックで構成されており、JYOTYらしいジャンルの越境性と、彼女の存在が持つ都市的リアリズムがサウンドに現れている。
- ベースラインは、UKファンキー／2ステップのスピード感を保ちつつ、グライミーなアンダートーンを持つ。
- ドラムパターンはジャージークラブ的な断続ビートと、アフロ・リズムのポリフォニーが交差する。
- 声ネタ／ボイスサンプルには、彼女自身のスピーチの断片やクラブMCの掛け声が使われ、まるで“クラブの記憶”をサンプリングしたような臨場感がある。
- 曲全体の空気感は、硬質で都会的ながら、どこか温かく、**“誰でも入ってこられる安全なダンスフロア”**のような包容力を感じさせる。
このトラックは、誰かを煽るような高揚感ではなく、日常の疲れや孤独の中で、もう一度体を揺らしてみたくなるような“パーソナルな踊り”に寄り添う音楽なのだ。
4. リリックとメッセージ
本作はインストゥルメンタル主体ではあるが、断片的なボイスサンプルと短いキーワードによって、強いメッセージ性が織り込まれている。
“Keep the vibe alive.”
“Don’t let them take your space.”
“This is ours.”
“Move. Heal. Repeat.”
これらは、DJブースから発せられるメッセージであると同時に、自分自身を失いそうな都市生活者への祈りのようでもある。
“Move. Heal. Repeat.” は、まさにクラブの存在意義そのものだ。
踊ることで癒され、また現実と向き合う力を取り戻すというサイクル。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Go” by Tinashe (DJ Lag Remix)
クラブビートとR&Bが融合した、個と群衆のはざまで揺れる音像。 -
“One by One” by Joy Orbison
ロンドン的な湿度とスピードが共存するクラブトラック。音の空間構築が秀逸。 -
“Queen of This Shit” by LSDXOXO
ジェンダーとクラブの力学を再定義するビート。JYOTYの思想と交差する。 -
“Heat” by Anz
アップテンポでありながらも、思索的な空間が広がるダンスミュージック。 -
“Flames” by Manara
ボリウッド×UKクラブの交差点。JYOTYの文脈と地続き。
6. “ヴァイブ”とは何か——沈黙させないという選択
「Keep the Vibe」は、クラブカルチャーの中で育ったJYOTYが、初めて“音楽家”として自身の声を鳴らした瞬間である。
それは、“誰かの曲をかける”という立場から、“自分の声で景色を変える”立場への飛躍だ。
そしてその声は、特別大きくも叫びでもない。
むしろ静かで、強く、地に足がついている。
「これは私の場所、私たちの時間、誰にも奪わせない」という意思表明。
クラブの灯火を絶やさない。
見えない誰かの居場所を守る。
そうした祈りが、3分半のグルーヴに刻み込まれている。
Keep the Vibe——それはただのスローガンではない。
“生き抜くためのビート”なのだ。
コメント