
1. 歌詞の概要
「Working Class Hero(ワーキング・クラス・ヒーロー)」は、ジョン・レノンが1970年に発表したソロアルバム『John Lennon/Plastic Ono Band』に収録された、最も鋭く社会的で、痛烈なメッセージを孕んだプロテストソングである。
タイトルの「労働者階級の英雄」という言葉は皮肉であり、レノンはこの曲で、資本主義社会がいかにして人間の個性や自由を抑圧し、“使い物になる市民”を育て上げていくのかを、個人の視点から生々しく描いている。
この楽曲は、従来の“左翼的”プロテストソングとは異なり、スローガン的な表現を避け、静かな語り口と冷徹な観察によって、支配構造に気づかぬまま生きる大衆の現実に光を当てる。
また、歌詞は直接的で、時に暴力的な言葉やFワードも用いられており、レノン自身の怒りと絶望、そして覚醒への希望が込められている。
「Working Class Hero」は単なる政治批判にとどまらず、現代社会に生きるすべての個人に対する“目覚めよ”というメッセージであり、彼のキャリアの中でも最も真っ直ぐで容赦のない告発の歌である。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録されたアルバム『Plastic Ono Band』は、ジョン・レノンがビートルズを脱退し、精神的にも芸術的にも**“ゼロ地点”に立ち返った状態で制作された非常に個人的な作品**である。この時期、レノンはプライマル・セラピー(原初療法)を受けており、過去のトラウマや感情を解き放つ過程で生まれた楽曲が多く含まれている。
「Working Class Hero」は、そうした内的な再生のプロセスと同時に、社会への違和感や怒りを露わにした曲である。
レノン自身は裕福な家庭出身ではなかったものの、ビートルズの成功によって“階級”という概念から一時的に離れた。しかし、その中で彼はむしろ、社会がいかに人間を“枠”に押し込め、従順な存在に変えていくかを客観的に見るようになり、この曲においてその構造を赤裸々に描いている。
シンプルなアコースティックギターとヴォーカルだけの構成は、まるで路地裏から発せられる独白のようにリアルであり、レノンが最も“社会の声”を代弁しようとした瞬間の記録でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – John Lennon “Working Class Hero”
As soon as you’re born they make you feel small
By giving you no time instead of it all
生まれてすぐに、彼らはお前を小さく感じさせる
何もかもを与える代わりに、“時間”さえ与えてくれない
この冒頭から、社会における抑圧の構造が非常に直接的に語られる。人は生まれた瞬間から“管理”され、自由ではなく制限を与えられる。
They hurt you at home and they hit you at school
They hate you if you’re clever and they despise a fool
家でも痛めつけられ、学校でも殴られる
賢い奴は嫌われ、愚かな奴は見下される
このラインは、家庭・教育・社会というすべての環境が、個人の自由や創造性を否定しようとする構造であることを描いている。
When they’ve tortured and scared you for twenty-odd years
Then they expect you to pick a career
20年あまりもお前を苦しめ、怯えさせておいて
そのあとで“職を選べ”って言うんだ
ここには、教育や育成と称した制度が、実は従順な労働者を生み出すための訓練でしかないという批判が込められている。
A working class hero is something to be
労働者階級の英雄になれ
(…って、そう言うけど)
このフレーズは繰り返されるたびに、その皮肉性が深まっていく。「英雄になれ」と言いながら、その実は体制に従う“歯車”になることを求められている。
If you want to be a hero, well just follow me
もし本当に英雄になりたいなら、俺について来い
この最後のフレーズで、レノンは自分の選択=支配からの離脱、目覚め、自己表現こそが“真の英雄”であると示唆する。
4. 歌詞の考察
「Working Class Hero」は、ジョン・レノンの最もラディカルで誠実な“社会批評”であり、その本質は階級制度や教育、宗教、職業といった近代社会の仕組みに対する根源的な疑問である。
ここでの“ヒーロー”とは、体制に順応して出世する者ではなく、自分の精神を保ち、自らの声で生きることを選ぶ者のことを指している。そしてその道は、孤独で苦しく、痛みを伴う。しかしレノンは、**その痛みこそが“自由”の代償であり、唯一無二の価値”であると語る。
また、Fワードを含むこの曲は、当時の放送では検閲を受けることもあり、その過激さや不快さが話題を呼んだが、レノンは「本当のことを歌えば、気持ちのいい歌にはならない」として芸術における“真実性”を最優先にした。
本曲のシンプルな構成は、豪華なプロダクションに頼らずとも、“言葉そのもの”の力だけで世界を動かせることを証明している。
それは、ビートルズの煌びやかな世界とはまったく異なる、剥き出しのジョン・レノンの姿である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Masters of War” by Bob Dylan
軍産複合体への強烈な告発。プロテストソングの原点とも言える名曲。 - “Fortunate Son” by Creedence Clearwater Revival
ベトナム戦争下における階級と戦争の関係を描いたアメリカン・ロックの反骨歌。 - “God” by John Lennon
宗教や英雄視された存在をすべて否定し、自己の信仰を宣言した鋭利な楽曲。 - “Biko” by Peter Gabriel
南アフリカの反アパルトヘイト運動家を追悼した政治的・霊的プロテストソング。 -
“Working Man’s Blues #2” by Bob Dylan
21世紀的視点から労働者の哀しみと誇りを描いた、静かなプロテスト・フォーク。
6. “支配を受け入れるな”──本当の英雄とは何か?
「Working Class Hero」は、ジョン・レノンというアーティストが、個人的・社会的・精神的なすべての束縛を拒絶し、言葉によって立ち上がろうとした瞬間の記録である。
その“英雄”は、拍手喝采を浴びる存在ではなく、もがき、怒り、疑問を抱きながらも、自分の声を失わない者である。
「Working Class Hero」は、自由であることの苦しみと尊さを静かに突きつける、レノン最大のプロテストソングであり、時代を越えて鳴り続ける“魂の目覚まし時計”である。
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