
1. 歌詞の概要
「In the Blood」は、Better Than Ezraのメジャーデビューアルバム『Deluxe』(1995年)に収録された楽曲であり、シングルとしてもリリースされた代表的ナンバーのひとつである。「Good」に続くヒットとして知られ、バンドの存在を広く知らしめる役割を果たした作品でもある。
この曲のタイトル「In the Blood(血の中に)」は、ただの比喩ではなく、アイデンティティや過去、家族や歴史、そして逃れられない“性質”のようなものを意味している。歌詞全体を通して描かれているのは、変わりゆく世界の中で、自分がどこから来て、何者なのかという根源的な問いと向き合う姿勢である。そして、その過程には、愛する者との関係や時間の経過によって失われていくものへの哀しみも織り込まれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Better Than Ezraは1980年代後半にルイジアナ州で結成されたバンドで、『Deluxe』は彼らがインディーズ時代に制作し、自主流通で地道に人気を集めたアルバムである。その後、Elektra Recordsと契約を結び、1995年に同アルバムをリマスターして再リリース。そこからのシングルカットが「In the Blood」であった。
この曲は、前作「Good」のキャッチーさとは異なり、より内省的で、リリックの層も深い。ケヴィン・グリフィン(Kevin Griffin)の抑制されたボーカルと、淡々としたミッドテンポのリズムが相まって、リスナーに静かな余韻を残す。90年代のオルタナティブ・ロックが得意とする、感情をストレートに叫ぶのではなく、静かな“引き算”の中に本質を込める表現手法が、この曲では見事に機能している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の核心をなす一節を抜粋し、英語と日本語訳を併記する(引用元:Genius Lyrics):
How can you be so warm?
How can you know what I feel?
「どうして君はそんなに温かくなれるんだ?
どうして僕の気持ちが分かるんだ?」
Well, it’s the way you move your hands
And it’s the way you understand
「それは君の手の動かし方であり
君の理解の仕方なんだよ」
And that’s just the way it is
And that’s just the way it is
「それが、ただ“そういうもの”なんだ
それが、この世界の“ありよう”なんだ」
このフレーズにおいて、語り手は誰かとの深いつながりを語っているが、その一方で、言葉にできない違和感や、理解されすぎることへの戸惑いも含まれているように思える。そして最後の反復されるフレーズ——“that’s just the way it is”は、受け入れと諦念の両方を含んだ、静かな決定のように響く。
4. 歌詞の考察
「In the Blood」は、一見すると静かな恋愛の歌のようにも思えるが、実際にはより深い“自分自身との対話”が描かれている楽曲である。語り手は、自分という人間を規定しているものが、経験や環境以上に、もっと根源的な“血”に刻まれていることを直感している。つまり、変えられない性質、抗えない本質、逃げられない過去——それらと折り合いをつけようとする姿勢が、この曲には通奏低音のように流れているのだ。
また、「どうして君は僕のことがそんなに分かるのか?」という問いの中には、愛情と恐れが共存している。理解されることは嬉しいはずなのに、同時に“読まれてしまう”ことへの不安や、むき出しにされる感覚もそこにある。それは、恋愛における親密さの難しさ、関係のなかでどこまで自分をさらけ出せるか、という問題にもつながる。
だからこそ、“In the Blood”という言葉が象徴的に響くのである。この曲は、“見える感情”ではなく、“見えない本質”を描こうとしている。血の中にあるもの——それは気づかぬうちににじみ出てしまい、誰にも隠せない。そして、それを見抜かれてしまったとき、人はどう反応すればいいのか? この問いは、決して一義的な答えを持たない。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Disarm by The Smashing Pumpkins
親密さと恐れ、自分という存在への嫌悪と憧れを描いた象徴的なバラード。 - Fake Plastic Trees by Radiohead
現実と虚構の狭間で揺れる自己認識を、静かなサウンドに託した名曲。 - Anna Begins by Counting Crows
愛の始まりに潜む不安定さと“無意識の自己防衛”を詩的に描写。 - Everybody Hurts by R.E.M.
人間の弱さとその肯定。沈黙のなかで語りかける優しさが通じる。 - Motorcycle Drive By by Third Eye Blind
ひとつの旅路が終わるときの喪失と、自分への問いが交錯するバラード。
6. “自分の中の何か”と折り合いをつける歌
「In the Blood」は、Better Than Ezraの作品群の中でも特に内省的な輝きを放つ楽曲であり、“関係性のなかで浮かび上がる自己像”を描いた非常に繊細な歌である。激しい叫びはない。むしろ、感情を抑制することで見えてくる深さがある。
この曲が問いかけてくるのは、「人はどこまで変われるのか?」「本当に愛されるには、どこまで自分を見せるべきなのか?」という根源的なテーマであり、それに対して明確な答えは示されない。だが、“それでもいいじゃないか”と語りかけるような、静かな受容の気配がある。それがこの曲の美しさであり、90年代オルタナティブ・ロックの名曲たちに共通する“癒しの逆説”でもある。
「In the Blood」は、変われない自分とどう向き合うかを描いた、成熟した感情の歌である。誰にでもある“逃げられない何か”と折り合いをつけること、それを“それでいいんだ”と静かに認めること——それは敗北ではなく、きっとひとつの強さなのだ。この曲は、そのことをそっと教えてくれる。
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