発売日: 2021年10月15日
ジャンル: サイケデリック・フォーク、オルタナティブ・カントリー、インディー・ロック、ルーツ・ミュージック
概要
『In Green We Dream』は、アメリカ南部を拠点とするインディー・フォーク・バンドParlor Greensが2021年に発表したデビュー・アルバムであり、田園的な夢想と現代的な憂鬱が交錯する、静かな熱を帯びた作品である。
アルバムタイトルの「In Green We Dream」は、自然への回帰、理想郷への希求、そして貨幣(=グリーン)と欲望に対する批判的まなざしを多層的に込めたものとなっている。
サウンドはアメリカーナの伝統を引き継ぎつつも、スロウコアやサイケデリアの要素を交えた構築美が特徴で、泥臭さよりも“詩的な寂しさ”を湛えた空気感が全編を包んでいる。
牧歌的なコード進行と、ノスタルジックなスライドギター、囁くようなボーカル──それらが交わることで、まるで“緑の中で見る夢”のような、儚くも濃密な音世界が立ち上がってくるのだ。
全曲レビュー
1. Cedarline
穏やかなアコースティックギターとトレモロ・エフェクトが心地よく広がるオープニング。
“シーダーの並木道”を歩くような風景描写が、美しく切ない。
2. Crooked House
ゆったりと揺れるワルツ調の楽曲。
壊れた家と、そこで過ごした歪な思い出を歌う、個人的な回顧録のようでもある。
ピアノとスライドギターの重なりが夢の中のように漂う。
3. In Green We Dream
アルバムの表題曲にして、最もサイケデリックな構成。
“緑の中でしか、私たちは本当の夢を見られない”という詩が繰り返される。
ミドルテンポのビートに乗るリバーブの深いコーラスが印象的。
4. Misery Vine
ブルージーでフォーキーなアレンジに、皮肉の効いたリリック。
“哀しみの蔓(つる)”という比喩が、逃れられない感情の絡まりを象徴している。
5. Coal Dust Chapel
教会で奏でられるような荘厳なコード感に、地元炭鉱町の哀歌が重なる。
Parlor Greensの“アメリカ南部的視点”を最も象徴する一曲。
6. Rattlesnake Waltz
ほのかにラテン風味のあるリズムと、毒を含んだようなギターライン。
曲名の通り、危険な優美さを持つ“踊るような”楽曲。
7. Palmetto Dreams
幻想的なアンビエント・パートから、牧歌的なメロディへと切り替わる構成が美しい。
パルメット(シュロの一種)が象徴するのは、自然との対話と忘れ去られた祈り。
8. Dust & Honey
“埃と蜂蜜”という相反するモチーフが、人生の苦みと甘さを表現する。
ウッドベースとハーモニウムが静かに鳴り、シンプルながらも深い余韻を残す。
9. Hollow Hill
アルバム終盤に現れる、まるで寓話のような楽曲。
“空洞の丘”は、過去の記憶と再生の舞台として機能し、エコーのかかったボーカルが幽玄な印象を与える。
10. Little Anthem for the End
“世界の終わりに捧げる小さな賛美歌”。
ピアノとアコースティックギターのみで構成され、ひっそりとアルバムを閉じる。
儚さと救いが同居する、穏やかで感傷的なフィナーレ。
総評
『In Green We Dream』は、Parlor Greensが提示する“アメリカーナの内省的新解釈”であり、田舎町の風景と心の風景を繊細に重ね合わせた、詩的で静謐な作品である。
このアルバムでは、明確なメッセージよりも、曖昧な感情や風景の“余白”が強く印象に残る。
それはブルースでもフォークでもあるが、そのどれでもない──むしろ“感情の質感”そのものを録音したかのような密やかさと誠実さがある。
聴くたびに耳に残る旋律、ふとした瞬間に思い出す歌詞、そして見たこともないのに懐かしい風景。
『In Green We Dream』は、そのすべてをそっと差し出してくれる“緑の夢”の記録である。
おすすめアルバム(5枚)
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アメリカーナとロックの交差点で鳴らされる内なる叫び。
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