発売日: 1990年9月
ジャンル: フォーク・ロック、オルタナティヴ・ロック、ポストパンク
概要
『Impurity』は、New Model Armyが1990年にリリースした5枚目のスタジオ・アルバムであり、前作『Thunder and Consolation』で確立したフォークとロックの融合をさらに深化・拡張した意欲作である。
バンドはここで、内省的で詩的な世界観を維持しながらも、より洗練されたサウンド・プロダクションと広がりのあるアレンジを導入。
とりわけ新加入のバイオリン奏者エド・アリットンの存在感が際立っており、ケルト音楽の要素とアコースティックな響きが作品全体に深みを与えている。
「Impurity(不純)」というタイトルが示すように、本作は清廉さや理想に背を向けるのではなく、むしろ矛盾や曖昧さを受け入れる姿勢が基調となっている。
社会、愛、信仰、人間関係といった主題が、善悪の二元論ではなく、より複雑で曖昧な領域で描かれているのだ。
1980年代の政治的・社会的アジテーションから一歩引きつつも、精神性はむしろ高まっており、New Model Armyはこの作品で“闘う詩人”から“黙して語る語り手”へと進化したとも言える。
全曲レビュー
1. Get Me Out
アルバムの幕開けを飾る、内なる逃走願望をテーマにした楽曲。
「ここから出してくれ」と繰り返されるリフレインには、社会的閉塞ではなく、むしろ精神の檻からの脱出という意味が込められている。
重厚なベースラインとシンコペーションが緊迫感を生む。
2. Innocence
「無垢とは何か?」という問いを突きつける哲学的な一曲。
イノセンスが単なる“善”ではなく、むしろ危うさを孕んでいるという逆説的な視点が示される。
バイオリンの旋律がメランコリックで美しく、詞と音の繋がりが秀逸。
3. Purity
タイトルと対をなすような存在感を持つ名曲。
純粋であろうとすることの難しさ、そしてその中に宿る痛みを描いている。
サビの解放感とリリックの内向性が交差し、感情の振幅が印象的である。
4. Whirlwind
怒りと熱情が疾走するエネルギッシュなトラック。
社会的混乱や情報の渦を“旋風(Whirlwind)”として表現し、その中で自分を保つことの困難を歌う。
中盤のギターリフがドラマチックな展開をもたらす。
5. Space
ミドルテンポの幻想的なナンバー。
物理的な空間というよりも、人間関係における「距離」や「余白」をテーマとしている。
浮遊感のあるアレンジが、歌詞の曖昧な感情を見事に補完している。
6. Lust for Power
NMAらしい政治的楽曲。
権力欲がいかに人間を蝕むかを、冷徹な視点で描いている。
演奏は重く、リズムはミニマルながら、その反復がかえって抑圧の構造を示しているかのようだ。
7. Bury the Hatchet
和解と赦しがテーマの、意外にも穏やかなムードを持つ楽曲。
戦うことだけが正義ではなく、終わらせる勇気もまた必要だという、成熟した視点がにじむ。
フォーク・ロック的なアレンジが、曲の温度を下げすぎず包み込むように作用している。
8. Eleven Years
「11年」という具体的な歳月を通して描かれる、変わってしまった世界と変われなかった自分。
時間がもたらす断絶と、なお残る情念が静かに燃えている。
一聴すると穏やかな曲調だが、詞の強度は非常に高い。
9. Lurhstaap
アムステルダムを拠点とする都市型ミリタント・ユートピアを暗示する架空の地名“Lurhstaap”をタイトルにした曲。
ファンの間でもカルト的な人気を誇る一曲で、New Model Armyの思想性と寓話的センスが集約されている。
パーカッションが効果的に使われ、儀式的な雰囲気を醸し出す。
10. Before I Get Old
アルバム終盤に配置された、人生観を真正面から見据えたバラード。
「年老いる前に、何をするべきか?」という問いが、切実な響きで胸に迫る。
音数を絞ったアレンジと、ジャスティン・サリヴァンの内省的なボーカルが美しい調和を見せる。
11. Vanity
終幕にふさわしい静かで深いナンバー。
人間の“虚栄心”をテーマに、すべてを見透かしたような冷静な語り口で綴られる。
アルバム全体の空気を凝縮したような、余韻の残るクロージングである。
総評
『Impurity』は、New Model Armyが政治的怒りや社会批判といった“外向きの闘争”から一歩進み、“内面的な誠実さ”を探る段階に入ったことを示す重要な作品である。
それは決してラジカルさの放棄ではなく、むしろより深い場所で世界と向き合うための静かな覚悟に満ちている。
フォークやクラシック的要素を取り入れたサウンドは、硬質ながらも有機的で、ジャスティン・サリヴァンの歌声は力強さと繊細さを併せ持ち、聴き手の内面にそっと入り込む。
詩的な歌詞は個人的でありながらも普遍的で、人間の弱さ、美しさ、矛盾を肯定するような視線をたたえている。
社会の構造を批判するだけでなく、それに巻き込まれていく「私たち自身の不完全さ」にも目を向ける——その姿勢こそが『Impurity』の核心なのである。
このアルバムは、怒りと希望のはざまで揺れる人々のための、小さくも確かな光である。
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