
発売日: 1981年11月
ジャンル: ハードロック、パンクロック、グラムロック
概要
『I Love Rock ’n Roll』は、Joan Jett & The Blackheartsが1981年に発表したセカンド・アルバムにして、彼女の名を世界に知らしめた金字塔的作品である。
同名のタイトル曲は全米1位を7週連続で記録し、今なおポピュラー音楽史における“女性ロックアンセム”として語り継がれている。
前作『Bad Reputation』で提示されたパンクスピリットとガレージロック的な荒削りさはそのままに、本作ではより洗練されたアレンジとスタジオワークによって、ロックンロールの本質を大胆かつ明快に鳴らすことに成功している。
また、Joan Jett自身のカリスマ性、ブラックレザージャケットに身を包みギターをかき鳴らす姿は、男性優位が当然とされていたロックシーンに風穴を開ける象徴的なイメージとなった。
収録曲の多くはストレートなラブソングや失恋、反抗心など、ロックンロールの普遍的テーマを扱いながらも、女性の声でそれを歌うこと自体が革命的だった時代背景を鑑みると、その意義は単なるヒット作以上に大きい。
全曲レビュー
1. I Love Rock ’n Roll
The Arrowsによる1975年の楽曲をカバーしたこの曲は、Joan Jettの代名詞となり、ロックンロールに対する純粋な愛と欲望を、力強く、堂々と、そしてセクシャルに歌い上げる。
「ジュークボックスにこの曲をかけたら、彼は私のことを見たのよ」と歌うその語り口は、女性が主体となって恋と音楽を選び取る宣言でもある。
ギターリフの分厚さとコーラスの高揚感、誰でも歌いたくなるサビ──ロック史に残るパーフェクト・シングル。
2. (I’m Gonna) Run Away
躍動感あふれるビートと、甘酸っぱいメロディが印象的なパンク・ポップ。
「逃げ出してやる」というタイトル通り、ティーンエイジャー的な反抗と自立のエネルギーが全開。
短く鋭い曲ながら、Joan Jettのボーカルが持つ説得力により、どこか普遍的な響きを持っている。
3. Love Is Pain
本作の中でも最もダークで内省的なトラック。
愛がもたらす痛みと依存、苦しみと快楽の表裏を、静かな語り口と粘っこいリズムで表現している。
Joan Jettが持つ“強さの裏の脆さ”が垣間見える、アルバム中の隠れた名曲。
4. Nag
ザ・ハルクスによる1950年代のノヴェルティソングをパンキッシュにアレンジしたカバー。
愚痴をこぼす恋人にうんざりする男の歌を、Joan Jettが歌うことで、逆説的なユーモアとジェンダーの転倒が生まれている。
カラッとしたサウンドと短尺が魅力のガレージ・ポップ。
5. Crimson and Clover
Tommy James & the Shondellsのサイケデリック・バラードを、大胆にハードロック化したカバー。
スロウでねっとりとしたギターと、Joanのささやくようなヴォーカルが官能的に絡み合い、原曲とは全く異なる色気を生んでいる。
女性が女性に恋をするようにも読める歌詞の中で、性の流動性すらも自然に浮かび上がる革新的な一曲。
6. Victim of Circumstance
自作曲で、ストレートなパンク・チューン。
「状況の被害者」というタイトルに反し、実際には自らの運命を切り開く意思が込められており、Joan Jettの生き様そのもののような楽曲。
2分足らずの爆発力は、The Ramonesに通じる潔さを感じさせる。
7. Bits and Pieces
The Dave Clark Fiveのブリティッシュ・ビートをリフレッシュさせたパワフルなカバー。
原曲のダンサブルなリズムを保ちつつ、Joan Jett流の硬質なロック感覚にアップデートされている。
ロックンロールの系譜を更新しつつ、あくまで楽しくシンプルに。
8. Be Straight
アルバムの中では珍しくメッセージ色の強い一曲。
「まっすぐでいろよ」というタイトルが示すように、信念と誠実さを守ることの重要性を語る。
Joanのパーソナリティがより個人的に感じられる、誠実なロックナンバー。
9. You’re Too Possessive
元The Runawaysのリーダー、Lita Fordによる楽曲をカバー。
恋人の支配的な態度に対する怒りと拒絶を、鋭いリフと張り詰めたヴォーカルで叩きつける。
Joan JettがRunaways時代から引き継ぐフェミニズム的視点が、ここでも鋭く輝いている。
10. Little Drummer Boy
ロック・アルバムとしては異色のクリスマスソングだが、原曲の素朴さを残しつつも、あくまでJoan Jett流の硬派なサウンドで構築されている。
最後にこの曲を入れたのは、自己流の優しさや余白を見せる意図かもしれない。
パンク的な“皮肉な感性”と、ロックンロールの包容力が交差するユニークな終幕。
総評
『I Love Rock ’n Roll』は、Joan Jettというアーティストの存在を決定づけただけでなく、“女性がロックをやる”という文化の可能性を一気に押し広げた歴史的な作品である。
カバー曲とオリジナル曲を織り交ぜつつ、どの曲にも彼女の人格とロックへの信念が滲み出ており、その統一感と熱量はまさにロックンロールの真髄と言える。
このアルバムがヒットしたことで、彼女は“女性でも成功できる”のではなく、“女性だからこそ鳴らせるロック”を世界に示すことになった。
声のハスキーさ、リフの力強さ、そして「私はこうありたい」という意志の強さ。
それらすべてが12曲に詰まった『I Love Rock ’n Roll』は、単なるアルバム以上の、ひとつの文化的突破口なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Pat Benatar – Crimes of Passion (1980)
女性ハードロックの金字塔。力強い歌声と鋭いギターサウンドが共通点。 -
The Go-Go’s – Beauty and the Beat (1981)
同時期に活躍した女性バンドの代表作。ポップとパンクの絶妙な融合。 -
Runaways – Queens of Noise (1977)
Joan Jettの原点であり、ガールズロックの草分け的名盤。 -
Blondie – Eat to the Beat (1979)
パンク、ディスコ、ポップを横断する革新的アルバム。女性の先鋭的表現として共通。 -
Suzi Quatro – Suzi Quatro (1973)
Joan Jettに強く影響を与えた、女性ベース&ロックヴォーカルのパイオニア的存在。
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