1. 歌詞の概要
「House of Fun（ハウス・オブ・ファン）」は、イギリスのスカ／ポップ・バンドMadnessが1982年に発表したシングルであり、彼らにとって唯一のUKシングルチャート1位獲得曲としても知られている。軽快なビートとホーンセクションが印象的なこの楽曲は、一見するとユーモラスで陽気なポップソングだが、その歌詞は驚くほど繊細な青春の通過儀礼＝性の目覚めと社会的ぎこちなさを描いている。
物語は、16歳の誕生日を迎えた少年が、「コンドームを買いに行こう」と決意し、薬局（chemist）に入るところから始まる。だが、その語り口はまるでピエロのように滑稽で、周囲の大人たちとのすれ違い、恥じらい、そして最終的に「House of Fun（遊園地のような世界）」へと放り込まれていくプロセスが、ユーモアと焦燥感をないまぜにしながら展開されていく。
この曲は、Madnessの得意とする「軽やかな音楽の中に隠された社会的・心理的洞察」の最たるものであり、笑いながらどこか胸が締めつけられるような不思議な余韻を残す傑作である。
2. 歌詞のバックグラウンド
1982年という年は、Madnessが成熟期を迎えつつあったタイミングだった。『Absolutely』『7』といったアルバムを経て、バンドはコメディ的な側面を維持しながらも、より複雑で社会的なテーマを描くことに自覚的になっていた。
「House of Fun」は、もともとアルバムには収録されていなかったが、シングルとしてリリースされると即座に話題となり、UKチャート1位を獲得するヒットとなる。この曲は、Madnessらしい“ストーリーテリング・ポップ”の完成形ともいえる内容を持っており、詞と音の演劇的な融合が見事である。
ボーカルのSuggs（サグス）は、この曲で恥じらいと衝動、純粋さとズレのコントラストを巧みに演じており、その滑稽さの裏にあるナイーブな感情をリアルに浮かび上がらせている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
Welcome to the house of fun / Now I’ve come of age
ようこそ「遊びの家」へ——僕はもう大人になったんだ
I’ve bought a ticket to the world / But now I’ve come of age
この世界のチケットを手に入れた、そう、今こそ僕の“成人式”さ
I’m sorry son, but we don’t stock party gimmicks
「ごめんね坊や、そういう“パーティーグッズ”は置いてないんだよ」
This is a chemist, not a joke shop!
「ここは薬局だよ、冗談屋じゃない！」
このやりとりから読み取れるように、少年は明らかにコンドームを買いたいという意図を持っているが、恥ずかしさや言葉の選び方の未熟さゆえに、店員には伝わらず、気まずい空気が流れる。この“すれ違い”こそが本曲のテーマであり、笑いの中に切実な痛みが潜んでいる。
4. 歌詞の考察
「House of Fun」は、青春の滑稽さと切なさが見事に共存した作品である。16歳の誕生日という、名目上の“成人”を迎えた少年が、意気揚々と大人の世界へ踏み出そうとする。しかし現実は甘くない。言葉が通じず、視線はかわされ、自分が何をしたいのかすら言葉にできない。その不器用さこそが“若さ”の真実である。
Madnessはこのテーマを、哀愁に包むのではなく、笑い飛ばすことで逆にそのリアリティを際立たせる。演奏は軽快でユーモラス、サックスは踊り、リズムは跳ね、サビでは観客全体を巻き込むような勢いがある。しかしその中で、歌詞は常に「恥ずかしさ」「混乱」「拒絶」といった、思春期特有の居心地の悪さを描いている。
「House of Fun」とは、そうした混乱の総体——欲望と不安、期待と挫折が交錯する世界である。それは実際の遊園地でも、大人の社会でもない。そこにあるのは、**“少年の心が初めて向き合う混沌”**なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Common People by Pulp
階級社会と若者の混乱を皮肉と哀愁で描いた90年代ブリットポップの金字塔。 - Friday Night, Saturday Morning by The Specials
週末の楽しみと空虚を、乾いたユーモアで描く鋭い社会観察。 - Girls & Boys by Blur
性と消費が絡み合う90年代の快楽主義を描いた都会的ダンス・ポップ。 - Suburban Homesick Blues by Bob Dylan
言葉とリズムが炸裂する、若者の戸惑いと混乱のポエティックな描写。 -
Parklife by Blur
英国の日常と若者文化を“ジョークと本気”で塗り固めた現代の写し絵。
6. 恥じらいと笑いのなかで描かれる“大人の入り口”
「House of Fun」は、Madnessというバンドが持つ最大の魅力——庶民的視点、演劇的な演出、そして不器用な感情の肯定——をすべて兼ね備えた一曲である。
これは思春期の少年が初めて「自分の身体」と「社会の仕組み」に触れる物語であり、無垢が失われる瞬間のユーモアと痛みが詰まっている。そして、そのすべてを“楽しい”と呼ぶのが、Madness流のロックンロールなのだ。
「House of Fun」は、笑って踊れるポップソングであると同時に、人生の複雑さを初めて自覚した“あの瞬間”へのオマージュでもある。
大人になるとは、こんなにも滑稽で、こんなにも勇敢なことなのだ——と。
だからこそ、この曲はただの“愉快な曲”では終わらない。
それは、全ての若者に贈られた“戸惑いの賛歌”なのである。
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