アルバムレビュー：Hejira by Joni Mitchell

発売日: 1976年11月22日
ジャンル: ジャズ・フォーク, フォークロック

ジョニ・ミッチェルの8枚目のアルバム『Hejira』は、彼女のキャリアにおいて、フォークからジャズへと移行する中期の傑作であり、特に放浪と自己探求がテーマとなっている。このアルバムは、彼女がアメリカ横断の旅をしながら書かれた曲で構成されており、広大な風景と個人的な感情が交錯する歌詞が特徴的だ。ジャコ・パストリアスによるフレットレスベースが楽曲に独特の浮遊感を与え、全体にジャズ的な要素が強調されているが、ミッチェルの詩的な歌詞と洗練されたメロディは変わらず際立っている。内省的で深い感情を込めたこのアルバムは、ミッチェルのソングライティングが最も円熟した形で表現された作品の一つとして評価されている。

各曲ごとの解説:

1. Coyote
   　アルバムの幕開けを飾る「Coyote」は、旅の中で出会った自由奔放な男性との短いロマンスを描いている。アップテンポで軽快なリズムが特徴的で、ジャズの要素を取り入れた洗練されたギターワークが印象的だ。歌詞には自由への憧れと同時に、逃れられない孤独感が漂い、ミッチェルの複雑な感情が繊細に表現されている。
2. Amelia
   　飛行家アメリア・イアハートをメタファーにした曲で、自己探求や孤独、夢の追求がテーマ。美しいギターメロディとミッチェルの静かなボーカルが、広がりを感じさせるサウンドスケープを作り出している。彼女の旅路とアメリアの空中での消失が重ね合わされ、内省的で詩的な歌詞が深い印象を残す。
3. Furry Sings the Blues
   　ブルースマンのフューリー・ルイスにインスパイアされた楽曲で、ミッチェルがメンフィスを訪れた際の思い出が歌われている。街の荒廃や音楽の衰退に対する哀愁が漂うトラックで、ニール・ヤングがハーモニカで参加しており、シンプルながらも重厚な雰囲気が感じられる。
4. A Strange Boy
   　ミッチェルが旅先で出会った男性との関係を描いた曲。ジャズ風のギターリフが曲全体に漂い、歌詞には自由と逃避がテーマとして込められている。ミッチェルのボーカルは淡々としていながらも、内に秘めた感情が徐々に浮かび上がる。
5. Hejira
   　アルバムのタイトル曲で、ヘジラ（イスラム教の預言者ムハンマドの逃避）というテーマがタイトルに込められている。逃避行と自己発見が中心に据えられ、ジャコ・パストリアスのフレットレスベースが浮遊感を与える。この曲は、ミッチェルが放浪者としてのアイデンティティを深く掘り下げ、孤独と自由の二面性を見事に描き出している。
6. Song for Sharon
   　長編の歌詞が特徴的なトラックで、ミッチェルが結婚や自己実現についての思索を描いている。ニューヨークへの旅の中での個人的な思い出や葛藤が反映されており、彼女の内面的な旅が詩的に綴られている。軽やかなギターメロディに、深い洞察と個人的な悩みが込められている。
7. Black Crow
   　旅と自己探求をテーマにした曲で、カラスが自由と孤独の象徴として描かれている。ジャズとフォークが混じり合ったリズミカルなギターリフが特徴で、ブレイク感のあるメロディが新鮮。ミッチェルのボーカルが激しく響き、旅の中で感じる焦燥感と孤立感が表現されている。
8. Blue Motel Room
   　ミッチェルが一人の夜を過ごすモーテルでの孤独な心情を描いた曲。ブルージーなトーンで、甘くメランコリックなギターメロディが印象的。ジャズの影響が強く、彼女の心の中にある繊細な感情がシンプルな歌詞と共に静かに語られている。
9. Refuge of the Roads
   　アルバムのラストを締めくくる「Refuge of the Roads」は、放浪の果てに見つける自己受容と安息がテーマ。優しいギターとフレットレスベースが絡み合い、ミッチェルの歌声は静かに、しかし深い感情をもって響く。旅の終わりに至る心の平安を表現したこの曲は、アルバム全体のテーマを集約している。

アルバム総評:

『Hejira』は、ジョニ・ミッチェルが自己探求と放浪のテーマを深く掘り下げた、感情的かつ内省的なアルバムである。ジャズの要素を巧みに取り入れた洗練されたアレンジと、ミッチェルの詩的で個人的な歌詞が見事に融合し、彼女の音楽キャリアの中でも最も内省的な作品として評価されている。特にジャコ・パストリアスのベースが楽曲に豊かな深みを与えており、浮遊感のあるサウンドがアルバム全体に広がっている。『Hejira』は、ミッチェルの旅と自己発見の物語であり、フォークやジャズ、ロックの枠を超えた多様な音楽的探求が聴き手を魅了する名作である。

このアルバムが好きな人におすすめの5枚:

1. The Hissing of Summer Lawns by Joni Mitchell
   ジャズやエキゾチックなリズムを取り入れた実験的なアルバム。『Hejira』のジャズ的アプローチと複雑な歌詞が好きなリスナーに最適。
2. Mingus by Joni Mitchell
   ジョニ・ミッチェルがジャズの巨匠チャールズ・ミンガスと共作したアルバムで、ジャズとフォークが融合した作品。『Hejira』のジャズ要素をさらに探求したい人におすすめ。
3. Don Juan’s Reckless Daughter by Joni Mitchell
   ジャズやワールドミュージックの影響が強い、ミッチェルのさらなる実験的な作品。『Hejira』に続く彼女の音楽的探求を感じることができる。
4. Astral Weeks by Van Morrison
   フォークとジャズを融合させた内省的なアルバムで、感情の深さと詩的な表現が共通する作品。ジョニ・ミッチェルのファンには必聴。
5. Bright Size Life by Pat Metheny
   ジャコ・パストリアスが参加しているアルバムで、ジャズギタリストのパット・メセニーの名作。『Hejira』のベースラインに魅了されたリスナーにおすすめ。