
発売日: 1983年10月
ジャンル: アート・ポップ、アダルト・コンテンポラリー、フォークロック、シンガーソングライター
『Hearts and Bones』は、Paul Simon が1983年に発表したアルバムである。
長いキャリアの中でも特に内省的で、最もパーソナルな作品として知られ、
ファンの間では“隠れた最高傑作”と評されることも多い。
1980年代初頭のポールは、
映画『One-Trick Pony』の興行不振や、
公私のストレス、音楽産業の急速な変化など、
多くの葛藤に直面していた。
さらに、アルバム制作中には一時的に
Simon & Garfunkel の再結成ツアーが実現するも、
新作としての合同アルバムは耐えきれず頓挫する。
その複雑な状況の中で生まれた本作には、
不安、孤独、愛の終わり、自己再発見といった深いテーマが宿る。
アレンジは柔らかいシンセポップからジャズ的質感まで幅広く、
80年代のミニマルな空気を取り込みつつも、
“心の揺れ”を中心に据えた繊細な音像が特徴である。
本作は商業的には大きな成功を収めなかったが、
時代が進むにつれて評価がじわじわと上昇し、
現在ではポールの最重要作のひとつと見なされている。
全曲レビュー
1曲目:Allergies
強烈なシンセと不穏なムード。
「アレルギー」を比喩にした不安定な心の揺らぎがテーマ。
ポールの80年代らしい実験精神が光る。
2曲目:Hearts and Bones
アルバムの核となるタイトル曲。
愛の終わりとその余韻を描いた、
ポール屈指の叙情的バラッド。
言葉選びの完璧さとメロディの静かな強さが美しい。
3曲目:When Numbers Get Serious
皮肉とユーモアを交えた社会批評曲。
軽快だが、価値観の混乱を鋭く切り取る。
4曲目:Think Too Much (a)
緊張感のあるビートと内省的なメッセージ。
“考えすぎる自分”への自己観察がテーマ。
5曲目:Song About the Moon
やわらかく優しいポップソング。
月に寄せた物語的な曲で、ポールの遊び心がよく出ている。
6曲目:Think Too Much (b)
先の( a )とは対照的に、
アコースティックで静かなスローバージョン。
悩みや思考のループを別角度から描く構成が秀逸。
7曲目:Train in the Distance
本作のハイライト級。
人生の希望と痛みの関係を柔らかく語る名曲。
“遠くの列車”という比喩が絶妙。
8曲目:Rene and George Magritte with Their Dog After the War
超現実主義画家マグリットを題材にした異色曲。
アートと人生の境界を描く、知的で自由な小品。
9曲目:Cars Are Cars
コミカルな観察と軽やかなポップが融合。
80年代の電子音を用いたユニークなアレンジ。
10曲目:The Late Great Johnny Ace
ジョニー・エースとジョン・レノンを重ねた重厚な曲。
喪失と記憶の重さが胸に響く。
アルバムを深い余韻で締めくくる。
総評
『Hearts and Bones』は、Paul Simon のキャリアの中でも
最も個人的で、最も深い心象風景を描いたアルバムである。
特徴を整理すると、
- 80年代的ミニマル・シンセの静かな導入
- 極めて内省的な歌詞世界
- 比喩と物語性を駆使した高度なソングライティング
- Simon & Garfunkel 再結成挫折が残した影
- “成熟と痛み”の交差点に立つポールの姿
本作は“初聴では地味”だが、
聴けば聴くほど細部が開いてくる“深い井戸”のような作品である。
アレンジは控えめだが緻密で、
ポールの歌詞はどれも鋭く、詩として読めるほどの完成度を持つ。
同時代の作品と比較すると、
・Randy Newman の文体的内省
・Joni Mitchell『Wild Things Run Fast』の都会的叙情
・Peter Gabriel の80年代的センス
と近いが、
ポールの作品はより“静かな私性”に寄っている。
後年の『Graceland』で外の世界へ飛び出す前、
そして『Still Crazy〜』での都会的洒脱から一歩踏み込んだ、
“一度深く潜るような作品”が本作だ。
おすすめアルバム(5枚)
- One-Trick Pony / Paul Simon (1980)
内省と都会的ポップの連続性が強い。 - Still Crazy After All These Years / Paul Simon (1975)
本作の源流となる成熟した大人の視点。 - Graceland / Paul Simon (1986)
心の深みから、外の世界へ跳躍するポールの再生点。 - Randy Newman / Sail Away
知性とユーモアが響き合うアメリカンポップの名作。 - Joni Mitchell / Don Juan’s Reckless Daughter
80年代のアート感覚と内省を共有。
制作の裏側(任意セクション)
本作の制作は混乱と葛藤の中で進んだ。
元は Simon & Garfunkel の再結成アルバムになる予定で、
アートも歌入れを行った曲が存在した。
しかし二人の方向性は合わず、企画は破綻。
その後ポールは曲の多くを自分名義のソロへと作り直した。
この過程は、
“パートナーシップの崩壊”という本作のテーマと響き合い、
作品全体に深い陰影を落としている。
また、「The Late Great Johnny Ace」は
ジョン・レノンの死の直後に書かれた曲であり、
その悲しみと敬意が生々しく記録されている。
『Hearts and Bones』は、
ポール・サイモンというアーティストの“心のど真ん中”に触れる、
極めて静かで、極めて深いアルバムである。



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