
発売日: 2005年8月30日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストグランジ、アートロック
概要
『Healthy in Paranoid Times』は、Our Lady Peace が2005年に発表した6作目のアルバムであり、
政治、戦争、個人の不安、世界の歪みといった、当時の社会情勢に鋭く切り込んだ作品である。
制作背景には、イラク戦争や世界的な不安定さが色濃く影響しており、
バンドは長期にわたるプリプロダクションと数百曲に及ぶデモ制作を経て、
“現代の混乱の中で、どう健全さを保つのか”というテーマを探り続けたと言われている。
前作『Gravity』(2002)で商業性の高いポップロックへ寄ったバンドだが、
『Healthy in Paranoid Times』では一転して、
社会的メッセージ性とアートロック的なヒリつきを伴う作風へと回帰。
Raine Maida の叫ぶような歌唱、緊張感のあるギター、
そして切迫した空気を孕むリリックがアルバム全体を覆い、
Our Lady Peace が持つ“精神的なロック”の核が再び強く表出している。
全曲レビュー
1. Angels/Losing/Sleep
強烈なオープニング。
重いリフと不安定なビートが“世界の混乱”を象徴し、
Raine の叫ぶボーカルがアルバムの緊張感を一気に押し上げる。
2. Will the Future Blame Us
未来からの視点で“自分たちは何を残すのか”を問いかける曲。
ギターの切れ味が鋭く、メッセージ性が強い。
3. Picture
静寂と爆発のコントラストが美しい。
個人の苦悩と社会の荒廃を重ね合わせ、繊細さと怒りが共存する。
4. Where Are You
行方不明になった誰かを探すような切望感に満ちた一曲。
Raine の声が哀しみと焦燥を同時に表現する。
5. Wipe That Smile Off Your Face
皮肉と怒りを込めた攻撃的なナンバー。
政治批判的なニュアンスが強く、サウンドも荒々しい。
6. Love and Trust
アルバム中でも特に温かい雰囲気を持つ。
混乱した世界の中で残る“信頼”の重要性が描かれる。
7. Boy
失われた純粋さや無垢をテーマにした曲。
少し悲しげなメロディが印象に残る。
8. Apology
“謝罪”をテーマにした内省的な曲。
Raine の弱さが露わになるボーカルが胸を打つ。
9. The World on a String
世界情勢の危うさを、一触即発の緊張感で描いた曲。
ギターとドラムの密度が高く、圧を感じる展開。
10. Don’t Stop
ポジティブなメッセージが前に出る楽曲。
暗さに覆われがちな本作の中で、希望を示す存在。
11. Walking in Circles
“同じ場所をぐるぐる回るような不安”を音で表現した曲。
無機質なギターのループ感がタイトル通りの世界を作る。
12. Al Genina (Leave the Light On)
美しい余韻で締める、静かな祈りのようなラストソング。
戦争地帯を想起させるタイトルで、世界への眼差しを強く感じる。
総評
『Healthy in Paranoid Times』は、Our Lady Peace の作品群の中でも最も政治的で、最も苛立ちに満ちたアルバムである。
イラク戦争や社会不安といった現実問題に触れながらも、
単なる政治批評ではなく、
“混乱の中で人はどう希望や愛を見出すのか”という普遍的テーマに向き合っている点が特徴的だ。
音楽的には、前作『Gravity』のポップ路線から大きく方向転換し、
再び粗削りでエモーショナルなオルタナティヴ・ロックへ回帰。
ギターは荒れ、リズムは不安定でざらつき、
Raine Maida のボーカルは最も“切迫した声”を響かせている。
このヒリつく空気感は、90年代のOLP作品とも異なる新しい緊張感を内包しており、
バンドの成熟と社会的使命感が結びついた唯一の作品と言ってよい。
世界の混沌を前にして“健全さ(Healthy)を保つことの難しさ”を描いた本作は、
不安定な時代を生きるすべての人に響く、深い共感を持ったアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- Spiritual Machines / Our Lady Peace
同様に思想性と社会意識が強い名作。 - Clumsy / Our Lady Peace
バンドの感情的ピークを知るために必聴。 - Smashing Pumpkins / Machina/The Machines of God
社会の混乱と精神世界の交錯というテーマが近い。 - Live / V
政治性、怒り、精神性の混在が似ている。 - Muse / Absolution
重厚でシリアスなアートロックという文脈で通じる。
制作の裏側
『Healthy in Paranoid Times』の制作は非常に困難を伴い、
数百曲以上のデモ、長期のレコーディング、バンド内の衝突など、
混乱と不安をそのまま体現するようなプロセスだった。
特に歌詞制作では、Raine Maida が“世界の状況とどう向き合うか”をめぐって深く悩んだと言われ、
その結果、歌詞は極めて個人的な視点と社会的視点が混じり合い、
複雑でリアルな痛みを伴う表現となった。
プロデューサー Bob Rock は、OLP の精神性を損なわずに
エッジのあるサウンドを作るために、
ギターやドラムの生々しさを強調し、
“無音の緊張”を残すミックスで世界の不安を表現している。
混迷した制作環境がそのまま作品の空気となり、
『Healthy in Paranoid Times』は、時代の揺らぎをもっとも正直に映し出した
Our Lady Peace の異色かつ重要なアルバムとして完成した。



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