
発売日: 1988年11月7日
ジャンル: オルタナティヴロック、フォークロック、パワーポップ、ポリティカルロック
概要
『Green』は、R.E.M.が1988年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、**彼らのワーナー・ブラザーズ移籍第一弾にして、オルタナティヴロックからメジャーフィールドへと本格的に飛び出した“変革のアルバム”**である。
前作『Document』で政治的な視点とポップセンスを結びつけたR.E.M.は、本作でその可能性をさらに押し広げる。
彼らは『Green』というタイトルに、環境主義(グリーン運動)とドル紙幣(お金)という矛盾する二つの意味を込めたと言われており、
このアルバムには社会への目線と音楽産業への自覚、そしてバンド自身の“自己更新”が色濃く刻まれている。
楽曲は大きく分けて、攻撃的でリズム主体のロックサイドと、内省的かつフォーキーなバラードサイドの二系統に分かれており、
マイケル・スタイプの歌詞もより明瞭に、かつ物語性を帯びたものになっていく。
『Green』は、“ロックの反骨”と“ポップの享楽”を横断する、R.E.M.の分岐点であり、
ここから彼らは1990年代の黄金期へと突入していく。
全曲レビュー
1. Pop Song 89
皮肉めいたタイトルとは裏腹に、軽やかでメロディックなギターポップ。
「誰もが愛を語るのなら、僕も語るべきかい?」という問いかけに、“ポップソングとは何か”を逆説的に問う自己批評性が宿る。
2. Get Up
マイク・ミルズがスタイプに「早く起きろ」と言われた逸話に基づく、明るく陽気なロックチューン。
ベル音のようなグロッケンが印象的で、アメリカン・パワーポップとしての軽快さが際立つ。
3. You Are the Everything
マンドリンとアコーディオンを用いた、美しくも郷愁に満ちたバラード。
車の後部座席から見た夜空を描いたリリックは、“静かな幸福”と“記憶の中のアメリカ”を優しく映し出す。
4. Stand
R.E.M.流の“チープな哲学ソング”。
一見バカバカしくも聞こえるが、「どこに立つかを考えろ」というフレーズには政治的覚醒と日常の選択を重ねる二重の意味が込められている。
大ヒットとなり、MVやステージでも定番に。
5. World Leader Pretend
唯一、歌詞全文がライナーノーツに掲載された楽曲。
「世界の指導者」を自称しながら、内面的には自己嫌悪と孤独を抱える語り手の姿が浮かぶ。
冷戦期の心理状態を象徴するような、政治と個人の分裂を描く重要曲。
6. The Wrong Child
マンドリンを中心に、身体的ハンディキャップを持つ子供の孤独を繊細に描写。
マイケル・スタイプの感情を抑えた歌唱が、“語られなかった声”を静かに掬い上げる。
7. Orange Crush
兵士としてベトナム戦争に従軍した父への視点から語られる、ミリタリズム批判のアンセム。
“Agent Orange”=枯葉剤を暗喩したタイトルと、サイレンのようなギターが緊迫感を生む。
R.E.M.の政治性を象徴する代表曲のひとつ。
8. Turn You Inside-Out
攻撃的なギターリフと叫び声に近いボーカルが特徴の、ダークなオルタナティヴロック。
「君をひっくり返してやる」という挑発的な一節がリフレインし、怒りと暴力の内在化が感じられる。
9. Hairshirt
アコースティック主体のフォークソング。
自己犠牲や自虐を象徴する“毛織のシャツ”という宗教的モチーフが、罪と贖罪を詩的に語る。
10. I Remember California
終末感の漂う暗鬱な曲調の中で、“思い出の中のカリフォルニア”がノスタルジーと破滅の境界で語られる。
環境破壊や文化の崩壊を暗示する、“失われゆくアメリカ”のビジョンが強烈。
11. Untitled(Hidden Track)
アルバムのクレジットには記載されないが、明るく優しいコードで締めくくられる。
歌詞は単純ながら、言葉を超えた感謝と赦しのメッセージのようにも聞こえる。
総評
『Green』は、R.E.M.が“ポリティカルな知性”と“ポップな親しみやすさ”を両立させた最初の作品である。
それは単なるスタイルの変化ではなく、**「社会的な責任を持ったアーティストが、より多くの人に届く表現を模索した結果」**でもある。
本作は、キャリアにおける“橋”のような存在だ。
それまでのカレッジロック的曖昧さやローファイ美学から一歩抜け出し、より明快な楽曲とメッセージを打ち出しつつ、
1990年代に花開く『Out of Time』『Automatic for the People』への布石となっている。
“Green”というタイトルに込められたアンビバレンス(自然/貨幣、純粋さ/商業主義)もまた、
R.E.M.というバンドが抱え続けた理想と現実の間の葛藤を象徴している。
おすすめアルバム(5枚)
- R.E.M. / Out of Time
『Green』の延長線上にある、ポップと内省の完璧なバランスを持つ大ヒット作。 - 10,000 Maniacs / In My Tribe
フォーク感と社会意識が融合した女性ボーカル・オルタナティヴロックの名盤。 - The B-52’s / Cosmic Thing
同じくジョージア州アセンズ出身のバンドによる、ポップでカラフルな社会派ダンスロック。 - Billy Bragg / Talking with the Taxman About Poetry
政治と詩を両立させたアコースティック・ロック。R.E.M.の“声の倫理”と響き合う。 - Neil Young / After the Gold Rush
自然と文明、個人と国家を同時に見つめた、R.E.M.の精神的ルーツといえる作品。
ビジュアルとアートワーク
ジャケットは、グリーンとイエローのカラーブロックが大胆に配置された、無機質で匿名的なデザイン。
そこに“R.E.M.”のタイポグラフィだけが刻まれており、逆に強い存在感を放っている。
これは、“商業化”と“無名性”、“自然色”と“産業色”の対比としても読み取れ、
本作のテーマに込められた矛盾と重なり合うアートワークとなっている。
『Green』は、R.E.M.が「どこに立つべきか」を真剣に問うた最初のアルバムであり、
その問いは、現代を生きる私たちにとってもなお有効であり続けている。
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