1. 歌詞の概要
「Good Thing」は、Fine Young Cannibalsが1989年にリリースしたシングルで、セカンド・アルバム『The Raw & the Cooked』（1988年）に収録されている。アメリカではBillboard Hot 100で堂々の1位を記録し、バンドにとって「She Drives Me Crazy」と並ぶ最大のヒット曲となった。
この曲の歌詞はシンプルながらも含蓄があり、タイトルの「Good Thing（いいこと／いい相手）」とは、恋人関係の中で“相手が自分にとって特別な存在である”ことを指している。しかし、その「いいこと」はすでに終わりつつある、あるいは手放したくないが遠ざかってしまう予感がある――というほの暗いニュアンスが漂う。
語り手は恋人に対して「君は良い存在だった」と語るが、それは今現在の幸福ではなく、どこか過去形にも聞こえる。明るいサウンドに反して、言葉の裏には終わりを予感する恋の寂しさと静かな痛みが滲んでいるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Good Thing」は、もともと1987年の映画『Tin Men（ティン・メン）』のサウンドトラックのために書かれた曲だった。バンドメンバーたちが映画の中で出演するロックンロール・バンドとして登場する際に披露され、それをきっかけに翌年のアルバム『The Raw & the Cooked』に収録されることとなる。
音楽的には、1950〜60年代のモータウンやソウル、ドゥーワップなどの影響を強く受けており、ホーンセクションや跳ねるようなリズムが、明快で陽気な印象を作り出している。しかし、その背後にあるローランド・ギフの繊細なボーカル、そしてどこか醒めたまなざしが、この曲を単なる“レトロ・ポップ”に留めず、感情と歴史の交差点にあるような奥行きを与えている。
Fine Young Cannibalsはこの頃、ブラック・ミュージックの伝統を現代的な感性で再構築するスタイルを確立しており、「Good Thing」はその到達点のひとつでもあった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Good Thing」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳を添える。
The one good thing in my life / Has gone away, I don’t know why
→ 僕の人生で唯一の“良いこと”が去ってしまった 理由もわからないShe’s gone away, I don’t know where / Somewhere I can’t follow her
→ 彼女はどこかへ行ってしまった 僕にはもうついていけない場所へThe one good thing in my life / Has gone away
→ 僕の人生でただ一つの救いだったのにI won’t lose sleep on that, ‘cause I’ve got a good thing
→ でも悩みすぎたりはしない だって僕にはまだ“良いこと”があるから
引用元：Genius Lyrics – Fine Young Cannibals “Good Thing”
歌詞は全体的に穏やかで、恋の終わりを嘆くというよりも、それを静かに受け入れようとするような、成熟した距離感がある。
4. 歌詞の考察
「Good Thing」は、失恋をテーマにしながらも、感情を過度にドラマチックに表現しない。むしろその抑制された表現が、より深い“心のざわめき”を喚起している。
この曲において「Good Thing」とは、単なる“彼女”そのものではない。彼女と過ごした時間、共有した思い、そこから得た安心や喜び――つまり、人生の中で稀に訪れる“心から信じられる瞬間”を象徴している。その“良いもの”が失われたとき、人はどうするのか。この曲の語り手は、悲しみの渦に巻き込まれるのではなく、それを一つの記憶として心に刻み、前を向こうとしている。
また、ローランド・ギフのボーカルはその心理を極めて的確に表現している。彼の声には派手なビブラートも、強烈なシャウトもない。しかし、その滑らかさとわずかな震えが、「大丈夫だよ」と言いながらも、実は“全然大丈夫じゃない”という本音を仄めかすように響いてくる。
つまり「Good Thing」は、“失われたものの美しさ”を冷静に、しかし深く味わうためのポップソングであり、ノスタルジーと前進のあいだに揺れる人間の感情そのものを捉えているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Just the Two of Us by Grover Washington Jr. & Bill Withers
心地よいグルーヴに乗せて、親密さと別れの予感が静かに語られる一曲。 - Cruel to Be Kind by Nick Lowe
優しさと残酷さが表裏一体であることを、軽やかに描いた名ポップソング。 - Would I Lie to You? by Charles & Eddie
信頼と疑念、愛の揺れ動きをソウルフルに歌い上げるデュオの代表作。 -
Tempted by Squeeze
ポップなメロディに乗せて語られる、情けなくも愛すべき男の恋愛回想。 -
Come On Eileen by Dexys Midnight Runners
楽しいようでいて切ない、青春と恋愛の一瞬を音楽にしたようなナンバー。
6. “手放した幸福”へのオマージュ
「Good Thing」は、失われた愛をただ悔やむのではなく、その存在があったこと自体に感謝するような、成熟したポップソングである。
ローランド・ギフの声は、軽やかなサウンドに乗りながらも、どこか遠くを見つめているようで、聴き手に“過ぎ去った幸せ”を思い出させる。
それは、感情の高ぶりを排し、淡々と語ることで逆に胸に響いてくる、大人のラブソングの粋でもある。
この曲は、記憶の中で美しく光る“あの瞬間”をそっと取り出して眺めるような音楽であり、過去に何かを失ったことのあるすべての人にとって、心の中で何度も再生したくなる一曲になるだろう。
それは、もう戻らないけれど、確かにそこにあった「Good Thing」への、優しい賛歌なのだ。
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