発売日: 1996年10月29日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、トリップホップ、インディーロック、ソウル、ドリームポップ
概要
『Fever In Fever Out』は、ニューヨークの女性4人組バンド、Luscious Jacksonが1996年にリリースした2枚目のフル・アルバムであり、
ヒップホップ／ロック融合型サウンドから一歩進んで、よりメロウで情緒的なポップスへと深化した傑作である。
本作の最大の特徴は、プロデューサーにDaniel Lanois（U2やBob Dylanで知られる）を迎えたことにある。
彼の手によって、これまでのローファイなストリート感覚に空間的な広がりと音響的な深みが加わり、
Luscious Jacksonは“アート志向の都市派ポップグループ”として一段上の領域へと踏み出した。
タイトルの『Fever In Fever Out』＝「熱の中に入り、熱の中から出ていく」は、
恋愛、自己表現、都市生活における感情の起伏を象徴しており、
アルバム全体が“過熱と鎮静”、“官能と醒め”を揺れ動く感覚そのものとして構成されている。
メンバー各人のキャラクターや作詞作曲面での個性も明確になり、
それぞれが交差することで、都市的で女性的で、少しずつ傷つきながらも自由に息づく音楽が完成した。
全曲レビュー
1. Naked Eye
本作最大のヒット曲であり、Billboard Hot 100でもトップ40入り。
静かに打ち込まれるビート、ぼんやりと浮かぶシンセ、囁くようなボーカル。
「裸眼で世界を見る」というタイトル通り、飾らない視線と感覚の裸化がテーマとなる。
夢の中のようでいて、妙にリアルな感触が残る名曲。
2. Don’t Look Back
ヒップホップ色を残しつつ、浮遊感あるコード進行が支配するグルーヴィーな一曲。
「振り返らないで」と繰り返すボーカルが、過去から自分を切り離そうとする決意と葛藤を表現する。
3. Door
都会の深夜を思わせる静謐なトラック。
サブベースとミニマルなビートが織りなす中に、「閉ざされたドア」が何重にも重なる。
親密さへの恐れと、自己保身的な距離感の描写が見事。
4. Mood Swing
サイケ・ソウル的ムードを持つ、アルバム中盤のハイライト。
感情の浮き沈み＝“ムードスウィング”がテーマ。
不安定さと柔らかさの間にある、都市的フェミニンのリアルが浮かび上がる。
5. Under Your Skin
よりエモーショナルで、内向的なラブソング。
「あなたの皮膚の下に入り込みたい」というリリックに、関係性の親密さへの欲望と不安が込められている。
6. Electric
シンプルなビートとギターのカッティングがクセになるアップテンポ曲。
Luscious Jacksonらしい“踊れるのに内省的”なグルーヴが炸裂。
7. Take a Ride
ファンキーでいてメロディアスな楽曲。
“乗ってみな”という誘い文句の奥には、一歩踏み出すことの怖さと快楽が混在している。
8. Why Do I Lie?
アルバム随一のバラードにして、バンド史上屈指の名曲。
嘘をつく理由、それは自己防衛か、それとも相手への優しさか——
繊細なストリングスと儚げな歌声が、恋愛の苦味と優しさを丁寧にすくい上げる。
9. Angel
1stアルバムにも同名の曲があったが、こちらは完全新曲。
タイトルの「天使」は理想化された誰かではなく、過去の自分や失われたものの象徴として機能している。
10. Soothe Yourself
「自分で自分を癒すしかない」という、90年代女性の自立した視点が込められたミッドテンポのグルーヴ曲。
サビのリフレインが優しくも力強い。
11. Faith
幻想的なギターと浮遊感のあるヴォーカルが交差するドリームポップ調のナンバー。
タイトル通り「信じること」がテーマだが、それは他人ではなく“自分自身”を信じるということに重心が置かれている。
12. Stardust
ラストを飾るにふさわしい、美しく淡いエレクトロ・バラード。
星屑のようなピアノとシンセが、恋と夢と記憶の終わりを見送るように響く。
総評
『Fever In Fever Out』は、Luscious Jacksonというバンドが持っていた“ジャンルを越えた感性”と“都市女性のリアル”を、
最も柔らかく、かつ洗練された形で提示した決定的作品である。
ヒップホップでもロックでもない。フェミニズムを叫ぶでもなく、媚びるでもない。
このアルバムは、都会に生きる女性の感覚そのものが“音楽”になったような、静かで揺らぎのある芸術品である。
グランジ以後のオルタナティヴ・ポップの中でも、
ここまでメロディと詩情とリズムが絶妙な均衡で鳴っている作品は稀であり、
90年代の“インディー女性表現”という枠を超えた、普遍的な美しさを持っている。
おすすめアルバム
- Mazzy Star『Among My Swan』
幻想的で静謐な女性ボーカルと空間性のあるアレンジが共鳴。 - Saint Etienne『Tiger Bay』
エレクトロとポップと都市感覚を滑らかにブレンドするセンス。 - Portishead『Dummy』
内省的なビートと浮遊するボーカル。女性的トリップホップの名盤。 - Belly『King』
ギターポップ的親しみと幻想性。Luscious Jacksonのロック側面と響き合う。 - Natalie Imbruglia『Left of the Middle』
よりポップ寄りの音だが、繊細で内向的な歌詞世界に通じる。
ファンや評論家の反応
『Fever In Fever Out』は、リリース当時から**「女性的でありながら決して弱くない」「ジャンルを超えた都会の詩」**として高評価を獲得し、
Billboardチャートにもランクイン、MTVでのヘビーローテーションも実現した。
特に「Naked Eye」は代表曲として今なおプレイされ、
アルバム全体も**“90年代フェミニン・オルタナの隠れた名盤”**として再評価が進んでいる。
これは、恋や孤独を歌うためだけのアルバムではない。
生きることを“少しずつ許していく”ための音楽なのである。
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