発売日: 2002年11月18日
ジャンル: ポップロック、オルタナティヴポップ、アダルトコンテンポラリー
概要
『Escapology』は、ロビー・ウィリアムズが2002年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、自己解放、内省、そして名声との対峙をテーマに据えたパーソナルな野心作である。
前作『Sing When You’re Winning』(2000)の成功によってイギリスを代表する国民的スターとなったロビーは、本作でその“栄光の代償”と真摯に向き合う。
アルバムタイトル「Escapology(脱出術)」には、自らが築いた名声やパブリックイメージという檻から逃れたいという切実な願望が込められている。
長年のソングライティング・パートナーだったガイ・チェンバースとの最後の全面的な共作となったことも、本作の音楽的完成度を高めている要因の一つ。
アメリカ進出を意識した大仰なプロダクション、映画的なバラードから、ギター主導のUKポップまで、幅広いサウンドが展開されている。
結果として本作は、UKチャート初登場1位、初週40万枚超の売上を記録し、当時の記録を塗り替えた。
ロビーのキャリアにおいても最も野心的で、同時にもっとも脆弱で人間的な側面が露わになったアルバムとして、今なお評価されている。
全曲レビュー
1. How Peculiar
ファンキーなグルーヴと性的メタファーが詰まったオープニングナンバー。
ロビーらしいユーモアと皮肉が全開で、パーソナリティへの過剰な期待に対して“風変わりな”反応を返す自己紹介のような楽曲。
2. Feel
本作最大のヒット曲にして、ロビー・ウィリアムズの代表曲のひとつ。
「I just wanna feel real love」と繰り返されるフレーズは、世界的スターとしての孤独と人間的欲求の深さを象徴している。
ピアノとストリングスの旋律が心に沁みる名バラード。
3. Something Beautiful
「あなたの人生に何か美しいものがあるか?」と問いかけるミディアムテンポのポップソング。
メディアで作られた“美しい人間像”への疑問が、爽やかなメロディの中に潜む。
MVでは“スター誕生”番組をパロディ化し、自己批評性を強く打ち出している。
4. Monsoon
アメリカ市場を意識したスケール感のあるロックナンバー。
派手なギターサウンドと厚みのあるコーラスで、名声の暴風(モンスーン)に翻弄される心情を描いている。
5. Sexed Up
かつての恋人への別れの手紙のようなバラード。
冷静かつ冷酷な語り口で、感情を断ち切ろうとする心理をリアルに綴る。
アコースティックギターとストリングスの絶妙な構成が美しい。
6. Love Somebody
ストレートなラブソングに見せかけて、自己の空虚さを埋めようとする切実な試み。
「愛する人が欲しい」というより、「誰かに愛されたい」という感情が滲み出ている。
7. Revolution
ベースとドラムが効いたダークなグルーヴが印象的な反体制的楽曲。
社会変革よりも、自身の内面の革命を訴えるような内容で、政治的というより私小説的な“革命”の物語。
8. Handsome Man
自らの美貌や名声を茶化すセルフ・アイロニーに満ちたロックンロール。
「自分がハンサムであることが、いかに呪いであるか」を笑い飛ばすような痛快な一曲。
9. Come Undone
キャリア後期のロビーを象徴する衝撃作。
快楽、破滅、セレブリティ文化への幻滅を赤裸々に綴った、非常にパーソナルなロックバラード。
「If I could undo some of the things that I’ve done…」というラインに、深い後悔と人間味が込められている。
10. Me and My Monkey
謎めいたストーリー仕立てのロック・オペラ風楽曲。
“猿”というモチーフはドラッグや孤独の暗喩とも解釈でき、夢と現実、狂気と日常の境界を行き来する。
物語性とスリルのある展開が非常にユニーク。
11. Song 3
アルバム後半の落ち着いたミディアム・ポップ。
少し無機質な質感を持ちつつも、どこか寂しさと余白を残す作りになっている。
12. Hot Fudge
エネルギッシュでファンキーなパーティーチューン。
ライブでの盛り上がりも意識された構成で、本作の中では数少ない無邪気さを感じさせる一曲。
13. Curse
“呪い”をテーマにした、ドリーミーなバラード。
セレブリティという運命の重荷を背負う主人公の独白のような楽曲で、アルバムの終盤にしっとりとした余韻を与える。
Hidden Track: I Tried Love
ボーナストラック的に収録された穏やかなバラード。
愛を信じてみたけれど──という諦念と希望の狭間を描く、静かな後日談のような一曲。
総評
『Escapology』は、名声に押し潰されそうになりながらも、それでも“人間であること”にしがみつこうとするロビー・ウィリアムズの魂の告白である。
本作には、華やかさやエンターテインメント性だけではなく、自己嫌悪、空虚、皮肉、祈りといった多層的な感情が複雑に折り重なっている。
サウンド面では、ロックからバラード、エレクトロ、ファンクまで幅広く展開され、ロビーの音楽的引き出しの多さが印象的だが、それを束ねているのは「逃れられない自己」との葛藤である。
それゆえ、どの楽曲にもロビー自身の“声”が強く焼き付いているのだ。
時にユーモラスで、時に切実。
それはまさに、現代における“壊れそうなポップスター”の肖像である。
おすすめアルバム(5枚)
- George Michael / Patience
名声と向き合う成熟したポップスの姿を描いたアルバムとして共鳴する。 - Beck / Sea Change
内省的なバラードを中心に構成された、繊細な自己解体の記録。 - David Bowie / Reality
加齢とアイデンティティの揺らぎを内包した作品として精神的接点が強い。 - Elton John / Songs from the West Coast
ポップの巨匠による再生の旅を描いたアルバム。ロビーにも大きな影響を与えた。 -
Take That / The Circus
ロビーの古巣Take Thatによる大人のポップ・リユニオン。ロビー不在時代だが、共通する心情が宿る。
ビジュアルとアートワーク
『Escapology』のジャケットには、ロビーが高層ビルの縁から身を投げようとするようなポーズで立つ姿が収められている。
これは、人生の危うさ、名声からの“飛び降り”というメタファーを視覚化したものであり、アルバムの主題である“脱出願望”を象徴する。
この大胆なビジュアルは、ロック・スターの“神話的自殺願望”への皮肉と同時に、**「その危うさを正面から引き受ける覚悟」**を感じさせるものでもある。
『Escapology』は、スターとしての仮面を外した、ロビー・ウィリアムズという“人間”の深淵を覗き込むアルバムなのだ。
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