発売日: 1999年6月29日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、インディーポップ、ヒップホップ・ソウル、ラテン、エレクトロファンク
概要
『Electric Honey』は、Luscious Jacksonが1999年にリリースした3枚目にして一旦のラスト・アルバムであり、
これまでのストリート育ちのローファイなグルーヴから一歩進んで、カラフルで都会的なポップセンスを全開にした作品である。
本作は、**バンドが活動休止に入る直前の“最大限の実験”と“ポップの冒険”**ともいえる内容で、
ヒップホップやファンク、ラテン、エレクトロなどの多様なジャンルを自在に取り込みながらも、
どこかセンチメンタルで、自立した女性像が静かに滲み出る構成となっている。
タイトルの『Electric Honey』＝“電気仕掛けの蜂蜜”は、
自然な甘さ（感情）と人工的な刺激（ビート）が混ざり合うような、Luscious Jacksonの音楽性そのものを象徴するメタファーといえる。
バンドの各メンバーがソングライティングに貢献し、それぞれのキャラクターが色濃く出ている点も魅力。
それゆえに統一感には欠けるという批評もあったが、逆に言えば個性豊かな“女性たちの都市交響曲”としてのアルバムが完成している。
全曲レビュー
1. Nervous Breakthrough
ギターカッティングと電子音が絡む、ダンサブルで躍動感ある幕開け。
「崩壊寸前の突破口」というタイトルが示す通り、感情の暴発と軽やかな解放感が交錯する。
バンドの新たなポップフェーズを告げる1曲。
2. Ladyfingers
本作最大のシングルヒット。
“貴婦人の指”という甘くセクシーなタイトルに反し、リリックは自立した視線と拒絶の態度が光る。
耳馴染みのよいメロディと軽快なリズムが心地よく、ポップと主張のバランスが秀逸。
3. Christine
スローでメロウなバラード。
“Christine”という女性に宛てた、友情・共感・心配が交錯する女性間の情緒描写が特徴。
ドリーミーな音像が心を溶かす。
4. Alien Lover
タイトルからしてユニークな、ラテン×ヒップホップの奇抜なクロスオーバー曲。
“異星人の恋人”は、比喩としての他者理解の不可能性を語っているとも読める。
5. Summer Daze
レイドバックしたグルーヴに、蒸し暑く気だるい夏の日の心象風景が重なる。
ボーカルのアンニュイさが印象的で、内省的なエレクトロポップ。
6. Sexy Hypnotist
ディスコ調のベースとパーカッションが目立つ、クラブ寄りのダンスナンバー。
誘惑と支配、主体と客体の入れ替わりがテーマのように感じられる。
7. Space Diva
サイファイな音使いとタイトル通りのコンセプト・トラック。
“スペースディーヴァ”＝誰にも縛られない女神的存在としての自己像を構築する。
女性の自己神話化＝フェミニスト・ファンタジーのひとつの形。
8. Friends
最もシンプルで温かみのあるトラック。
友情の持つ力とその儚さを歌った、本作中もっともエモーショナルな瞬間。
ヒップホップ要素を抑えた、アコースティックな響きが心に残る。
9. Fantastic Fabulous
ノイジーで攻撃的なロックサイドが前面に出た一曲。
バンドの初期衝動的な要素を再確認させる。
「ファンタスティックでファビュラスで何が悪い？」という開き直りの美学が気持ちいい。
10. Devotion
静かな内省と、やや宗教的な香りのあるリリックが特徴的。
タイトル通り、“献身”という言葉がもつ危うさと美しさの両面を感じさせる構成。
11. Gypsy
フォーキーでアンビエントな要素を含む、異色のトラック。
“ジプシー”という言葉を通じて、放浪と帰属、アイデンティティの揺れを静かに描く。
12. Lover’s Moon
アルバムのラストを飾る美しいドリームポップ・バラード。
夜の月、愛の余韻、そして別れの気配が同居する、繊細で詩的なエンディング。
総評
『Electric Honey』は、Luscious Jacksonが自分たちの多様性を包み隠さず提示した最も自由で開かれた作品である。
これまでの“都会的なDIYグルーヴ”から一歩進んで、
ラテン、ファンク、ポップ、エレクトロニカを内包したカラフルなサウンドスケープを構築。
その反面、ジャンル的な統一感には欠けるが、
それこそがLuscious Jacksonという複数の女性の感性が交差する集合体としての魅力なのだ。
そして、このアルバムを最後にバンドは長い休止期間へと入る。
だからこそ『Electric Honey』は、彼女たちの“声、ダンス、知性、遊び心、心のひだ”をすべて詰め込んだラストメッセージのようにも響く。
甘くて、ちょっとスパイシーで、電気じかけの蜜のような一枚。
おすすめアルバム
- Cibo Matto『Stereo ★ Type A』
同時期の女性主導ユニットによるラテン＆ファンク・ポップの傑作。 - The Cardigans『Gran Turismo』
ポップと電子音の融合。女性ヴォーカルの内省系ポップと重なる空気感。 - Moloko『Things to Make and Do』
エレクトロ／ファンク／ポップの融合とフェミニンな表現の自由さ。 - Neneh Cherry『Man』
ジャンルを越えたポップ表現と強い視点を持つ女性アーティストの代表格。 - The Go-Go’s『God Bless the Go-Go’s』
ポップ・ロック的なガールバンドの系譜にある文脈。
ファンや評論家の反応
『Electric Honey』は、リリース当初こそそのポップ路線に対して評価が割れたが、
後年になるにつれ、“フェミニンな都市型クロスオーバー・ポップの完成形”として再評価されるようになった。
「Ladyfingers」や「Friends」は今なおプレイリストで人気が高く、
**“複数の声が共存するアルバムの多層性”**という点で、時代を先取りした作品でもある。
活動の一区切りとなった作品でありながら、これまでの全てのエッセンスが結晶化した、華やかで多面的な一枚として、
『Electric Honey』はLuscious Jacksonの真価を知るうえで欠かせない重要作なのだ。
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