発売日: 2023年6月9日
ジャンル: インディー・ロック、ギターポップ、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Eight』は、The Boo Radleysが2023年に発表した通算8作目のスタジオ・アルバムであり、2022年の復帰作『Keep on with Falling』に続く、完全“再起動”後の第2弾である。
1990年代に轟音サイケとメロディを融合した名作『Giant Steps』やポップに振り切った『Wake Up!』でシーンに確かな足跡を残した彼らだが、本作ではマーティン・キャリル不在の新体制を逆手に取り、“3人のブー・ラドリーズ”として新たな均衡点を見出している。
本作の最大の特徴は、控えめな表現に宿る強さである。
派手な展開やノイズの奔流は影を潜めたが、その代わりにメロディとリリック、そしてささやくような演奏が日々の陰影を優しく照らしている。
タイトルの『Eight』は単なる通算番号ではなく、無限や円環をも想起させる。
かつて落下し続けたバンドが今、無理に“上昇”を目指すのではなく、ただ音の中に“居る”ことを選んだようにも思える。
全曲レビュー
1. Seeker
アルバムの導入部にふさわしい、明るくも内省的なポップナンバー。
“何かを探し続ける者”としての視点が、再出発を示唆する。
2. The Unconscious (新録版)
前作にも収録された楽曲の新録バージョン。
ドリーミーなシンセとアコースティックな質感が交差し、より円熟した響きを加えている。
3. Hollow
心の空白をテーマにしたナンバー。
控えめなアレンジのなかで、タイトルに反して“満たされないことの美しさ”を感じさせる。
4. Skeleton Woman
寓話的タイトルと、ミニマルなコード進行。
関係の崩壊や再生を静かに描く、詩的なハイライト曲。
5. Sorrow (I Just Want to Be Free)
痛みと自由のあいだを揺れ動くミディアム・バラード。
「悲しみは自由の始まりかもしれない」という逆説的な視座が印象的。
6. A Shadow Behind the Curtain
最もサイケデリックな空気感を持つ1曲。
カーテンの裏側にある“見えない何か”を音でなぞるような構成は、かつてのBoo Radleysを思わせる。
7. The Illusion
日常の中にある幻想性を描く、シンプルなギターポップ。
現実と記憶のズレをテーマに、言葉とメロディが静かにズレていく。
8. Homesick
センチメンタルなメロディに乗せて“居場所”への希求が語られる。
特定の地名や時間を避け、普遍的な感情へと昇華されている点が魅力。
9. Now That’s What I Call Obscene
意外にも毒気を帯びたタイトルに反して、皮肉と優しさが混在した曲。
社会的距離感や疲弊をテーマにしつつ、軽快なビートでまとめられている。
10. Sometimes I Sleep
眠りと現実逃避をテーマにしたスロー・ナンバー。
囁くようなヴォーカルと静謐なアレンジが、まどろみのなかへと誘う。
11. Swansong
タイトル通り、“終わりの歌”。
だが、それは断絶ではなく“穏やかな通過点”として描かれており、静かに幕が閉じる。
音の余白が心に残るラストトラック。
総評
『Eight』は、派手なカムバックや懐古主義を拒否し、“いまのThe Boo Radleys”として音楽と向き合った誠実な作品である。
マーティン・キャリルという天才的ソングライターの不在が作風に大きな変化をもたらしたのは事実だが、残ったメンバーたちはその空白を“静けさと成熟”で埋めることに成功している。
煌めくようなポップではなく、暮らしの中に滲むようなポップ。
大声ではなく、独りごとのような声。
そのささやきが、かえって深く響くのは、長い時間と沈黙を経た彼らだからこそである。
おすすめアルバム
- Teenage Fanclub / Nothing Lasts Forever
同世代のバンドが描く“成熟したギターポップ”の現在形として非常に近い作品。 - The Go-Betweens / Oceans Apart
再結成後の静かな情熱と叙情性が、本作の雰囲気とよく似ている。 - Field Music / Flat White Moon
実験性と日常性のバランスに優れたインディー・ポップとして通じ合う。 - The Clientele / Music for the Age of Miracles
曖昧な記憶と音の霧をテーマにした静謐な世界観が共振。 -
Aztec Camera / Frestonia
後期の大人びた作風、心の機微を丁寧に描く手つきが『Eight』と呼応する。
ファンや評論家の反応
本作は前作以上に内向的かつ繊細な作品として受け取られ、商業的には目立たないながらも、コアなファンやインディー系メディアからは温かい評価を得た。
「今さら大きな声では叫ばない。でも、ずっと話したかったことがある」
そう語るような静かな熱意が、多くのリスナーの共感を呼び、“The Boo Radleysは終わっていなかった”という確信を静かに示した。
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