Cruel by St. Vincent(2011)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Cruel」は、St. Vincent(本名:Annie Clark)が2011年にリリースした3rdアルバム『Strange Mercy』に収録された楽曲で、明るく中毒性のあるメロディの裏側に、深く鋭い社会的テーマを忍ばせた名曲です。タイトルが意味する「残酷さ」は、単なる暴力性ではなく、日常の中にある見えづらい“構造的な残酷さ”――特に、女性に対する無言の期待や抑圧を指しています。

歌詞では、語り手が「なぜあなたたちはこんなにも残酷なの?」と問いかけます。しかしその“あなたたち”とは誰なのか――恋人、家族、社会、文化、あるいは“私自身”なのか――その対象は明確にされていません。それこそがこの曲の鍵であり、私たちが無意識に内面化してしまった“優しさの仮面をかぶった残酷さ”を暴き出そうとするのが、「Cruel」という楽曲の本質です。

2. 歌詞のバックグラウンド

アルバム『Strange Mercy』は、St. Vincentのキャリアにおいて精神的・音楽的に大きな転換点となった作品です。彼女は制作前、情報から距離を置く「デジタル・デトックス」のような期間を自らに課し、外界の雑音を遮断して内面に向き合うことで、このアルバムの極めてパーソナルで挑発的な楽曲群を生み出しました。

「Cruel」は、その中でも特にキャッチーなトラックで、90年代のサイケポップやグラムロックを思わせるサウンドにのせて、現代社会に潜むミソジニー(女性蔑視)や自己矛盾を軽やかに、しかし鋭くえぐり出しています。また、ミュージックビデオでは、語り手であるSt. Vincentが“完璧な主婦”の役割を押し付けられる姿が描かれ、家庭や母性の象徴に潜む抑圧を視覚的にも表現しています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

Bodies, can’t you see what everybody wants from you?
ねえ身体よ、みんなが君に何を求めてるかわかるでしょう?

If you want to be loved
愛されたいなら

You better learn how to kneel
ひざまずく方法を学ばなきゃね

On your knees, boy
ひざまずきなさい、坊や

They could take or leave you
誰もがあなたを“都合よく扱う”のよ

So they took you, and they left you
だから彼らはあなたを手に入れて、捨てたの

How could they be so cruel?
なんでそんなに、残酷になれるの?

歌詞全文はこちら:
Genius Lyrics – Cruel

4. 歌詞の考察

「Cruel」は、女性の身体やふるまいに対して無言で課される社会的期待への反抗と告発を、皮肉と痛烈な言葉で包み込んだ一曲です。「愛されたいならひざまずきなさい」というラインは、性的にも社会的にも“従順であること”を求められる女性像への風刺であり、同時にそれがどれほど自然に日常の中に染み込んでいるかを可視化する試みでもあります。

また、「Bodies, can’t you see what everybody wants from you?(身体よ、みんなが君に何を求めてるか見えないの?)」という冒頭の一節は、自分自身の身体が“所有物ではない”という感覚、つまり女性の自己決定権が侵害されている構造そのものへの怒りと失望を示唆しています。ここで語られる“身体”は、単なる肉体ではなく、個人の自由や尊厳を象徴しているのです。

さらに、「They could take or leave you」という表現は、人間関係における“取るに足らない存在”としての不安や、条件付きでしか受け入れてもらえないという苦しみを反映しています。誰かに必要とされる一方で、必要がなくなれば容易に“捨てられる”という現代的な孤独感が、軽快なメロディの裏側に深く刻み込まれているのです。

引用した歌詞の出典:
© Genius Lyrics

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Only Women Bleed by Alice Cooper
    女性が受ける構造的な抑圧を静かな怒りで描いたロックバラード。ジェンダー視点が共通。

  • Little Baby Swastikkka by Skunk Anansie
    ジェンダーと権力への怒りを爆発的なエネルギーで表現。St. Vincentの内に秘めた激情と響き合う。
  • Q.U.E.E.N. by Janelle Monáe ft. Erykah Badu
    規範に従わない女性のアイデンティティを肯定するファンクチューン。構造的な差別への反発が共通。

  • Hunter by Björk
    社会的役割から自由になろうとする女性の姿を、静かで力強い言葉とエレクトロニカで描いた曲。

6. “笑顔の仮面”を剥がすポップ・フェミニズムの真髄

「Cruel」は、キャッチーで軽快なリズムの中に、現代女性が抱える深い問いと葛藤を埋め込んだ楽曲です。その真価は、ただのポップソングで終わらないその構造にあります。“チアリーダー”や“良妻賢母”といった表面的な理想像を壊し、“本当の私は誰なのか”という問いを突きつけてくる。そうしたラディカルな精神が、この曲のあらゆる音と言葉に宿っています。

St. Vincentはここで、ただ怒っているのではありません。彼女はその怒りを知性とユーモアに変換し、ポップミュージックという大衆的なフォーマットに仕掛けることで、リスナーの無意識にゆさぶりをかけているのです。

「Cruel」は、現代の音楽が持ちうる“抵抗の美学”を体現した作品であり、その残酷さを“美しい嘘”ではなく、“鋭い真実”として描き出すことに成功しています。
だからこそこの楽曲は、耳に残るだけでなく、心に残るのです。

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