1. 歌詞の概要
「Crosstown Traffic」はジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのアルバム『Electric Ladyland』(1968年)に収録された楽曲である。ヘンドリックスの代表曲の中でも比較的短く、シンプルでストレートなロックナンバーであり、サイケデリックな実験性よりも、ファンキーかつ鋭いリフとパンチの効いた展開で聴き手を惹きつける。歌詞の中心は、愛や関係性を「交差点の交通渋滞」に喩えるもので、相手の関心を惹こうとしても、まるで車の流れに阻まれるかのように妨げられてしまう、そんなフラストレーションを表現している。
ヘンドリックスは女性との関係を題材にする際に、しばしば都会的で日常的なメタファーを用いたが、この曲では車社会の象徴である「交通渋滞」を取り入れることで、聴き手にわかりやすい比喩を提示しつつ、彼らしいウィットとセンスを加えているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Crosstown Traffic」は『Electric Ladyland』の中でも異彩を放つ楽曲である。アルバム全体はブルース、サイケデリック、ファンク、実験音楽が入り混じった長尺の大作が多いが、この曲は3分に満たないシンプルな構成であり、ラジオ向けのキャッチーさを持つ。
特徴的なのは、イントロから繰り出される鋭いギターリフで、まるでクラクションや道路の喧騒を模したようなサウンドを生み出している。加えて、ヘンドリックス自身がカズーの代わりにティッシュペーパーを巻いた櫛を吹き、そこにギターの歪んだ音色を重ねることで独特のファズトーンを作り上げた。これは、彼がスタジオでの実験を重ねる中で生まれたアイデアであり、遊び心と発明性が同居した彼らしい試みであった。
また、この曲はヘンドリックスが好んだファンク的リズムとブルース的要素の融合が際立っており、後のファンクロックやクロスオーバー的なサウンドの先駆けとしても評価されている。アルバム制作当時、彼はニューヨークの摩天楼や喧騒の中で暮らしており、その都会的な空気感が直接反映された楽曲とも言えるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
You jump in front of my car when you, you know all the time
君は僕の車の前に飛び出す、いつだってそうだ
That ninety miles an hour, girl, is the speed I drive
時速90マイルで走るのが僕のスタイルなのに
You tell me it’s all right, you don’t mind a little pain
君は「大丈夫、少しの痛みなら平気」と言う
You say you just want to take me for a drive
君はただ僕をドライブに連れ出したいんだと言う
You’re just like crosstown traffic
君はまるで街を横切る渋滞のようだ
So hard to get through to you
君に辿り着くのはあまりにも難しい
Crosstown traffic, oh yeah
街の渋滞みたいに、ああそうさ
I don’t need to run over you
僕は君を轢きたくなんてないのに
このように、愛する相手に近づこうとするものの、障害やすれ違いによって思うようにいかない様子が、都会的な交通の混乱に重ねられている。
4. 歌詞の考察
この曲の歌詞は、ヘンドリックスの持つユーモアと都会的な感性が際立っている。彼は愛の難しさや相手との距離感を、抽象的な幻想ではなく「交通渋滞」という具体的で身近なイメージに置き換えることで、聴き手に即座に理解させる力を持たせた。
「君は渋滞のようだ」というフレーズは、一見軽妙でユーモラスだが、同時に欲望と苛立ちの入り混じった感情を鋭く表現している。交通渋滞はスピードを求めるドライバーにとって最大の妨げであり、恋愛においても相手に届きたいのに届けないもどかしさを象徴する。ここには、60年代後半の都市化が進むアメリカの風景も反映されているように思える。
また、音楽的にはこのシンプルさが逆に彼のギタープレイを際立たせ、ファンク的リズムの中で短いソロや鋭いカッティングが炸裂することで、交通の喧騒を音楽で再現している。これはまさに「都市のブルース」であり、サイケデリックなイメージに留まらず、街の現実を音に変換した表現とも言えるだろう。
この曲は、ジミ・ヘンドリックスの詩的想像力と都会生活から得た感覚が融合した作品であり、彼の幅広い創造力を示す重要なピースなのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fire by Jimi Hendrix
同じく短く鋭いロックナンバーで、エネルギーに満ちている。 - Foxey Lady by Jimi Hendrix
シンプルだが強烈なリフと都会的な色気を持つ曲。 - Come Together by The Beatles
ブルースロック的なリフと都会的なムードを融合させた名曲。 - Thank You (Falettinme Be Mice Elf Agin) by Sly & The Family Stone
ファンクとロックが交差するグルーヴ感が近い。 - Superstition by Stevie Wonder
都会的で鋭いファンクサウンドを楽しめる楽曲。
6. シンプルさが光る異色の一曲
『Electric Ladyland』が全体的に大作主義や実験精神に満ちたアルバムである中、「Crosstown Traffic」は短くシンプルでありながら、都会的ユーモアと鋭いロックエネルギーを詰め込んだ異色の存在である。その潔さは、むしろ後年のファンクロックやパンクロックに繋がる先見性を感じさせる。
交通渋滞という日常的な現象を題材に、恋愛のすれ違いや苛立ちを描いたこの曲は、ヘンドリックスの多彩な才能を物語る一曲であり、彼が単なるギターの魔術師ではなく、都会の詩人でもあったことを示している。
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