アルバムレビュー：Controversy by プリンス（Prince）

発売日: 1981年10月14日
ジャンル: ミネアポリス・サウンド、ファンク、ニュー・ウェイヴ、ポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
制作の裏側
歌詞の深読みと文化的背景
ビジュアルとアートワーク

概要

『Controversy』は、プリンスが1981年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、
彼が“アンダーグラウンドの天才”から“時代の挑発者”へと変貌した決定的作品である。

前作『Dirty Mind』（1980）で社会のタブーを性で挑発したプリンスは、
本作でその視線をさらに拡大し、宗教・人種・政治・個人の自由へと切り込んだ。
タイトルの“Controversy（論争）”が示す通り、
このアルバムは彼自身の存在そのものが社会的論争の中心にあったことを象徴している。

サウンド面では、ファンクを基盤としながらニュー・ウェイヴの冷たい質感を取り込み、
電子リズムとギター、シンセを緻密に融合。
より洗練され、そして挑発的な“ミネアポリス・サウンド”の完成がここで果たされた。

『Controversy』は、後の『1999』（1982）や『Purple Rain』（1984）への橋渡しとなる、
思想的・音響的ターニングポイントなのだ。

全曲レビュー

1曲目：Controversy

8分を超えるタイトル曲は、
“Who am I? Am I black or white? Am I straight or gay?”（俺は何者だ？黒か白か？ストレートかゲイか？）という
衝撃的なフレーズで幕を開ける。
当時のアメリカ社会で公然と語られることのなかった
“人種と性の曖昧さ”を正面から提示した勇敢な宣言である。

サウンドはシンセ・ベースとリズムマシンが主導するミニマル・ファンク。
宗教的要素も交えた構成で、
楽曲の終盤には「主の祈り（The Lord’s Prayer）」の朗読が挿入される。
聖と俗、肉体と信仰――この対比がプリンスの思想の核心である。

2曲目：Sexuality

エネルギッシュなファンク・ビートに乗せて、
“セクシュアリティこそ革命の鍵だ”と宣言するダンス・チューン。
「戦争も差別も、性を受け入れれば終わる」というメッセージは、
過激でありながらもユートピア的。
セクシュアリティを“罪”から“解放”へ転じたプリンスの思想がここで結実する。

3曲目：Do Me, Baby

アルバムの中で最も有名なスロウ・バラード。
甘美で官能的なボーカルと、ムードを極限まで高める展開。
“プリンス的エロティシズム”の完成形であり、
後年のバラード群（「International Lover」「Adore」など）への原点となった。
この曲はスタジオでほぼ一発録りに近い形で録音され、
彼の感情表現の生々しさをそのまま閉じ込めている。

4曲目：Private Joy

80年代的ポップ感覚に溢れる軽快なナンバー。
明るいメロディの裏に、“他人に見せない快楽”というテーマが隠されている。
“プライベートな喜び”とは、社会のルールを離れて自分自身を肯定すること。
この二面性が、プリンスの音楽における“純粋さと背徳の共存”を体現している。

5曲目：Ronnie, Talk to Russia

冷戦下の政治状況を直接的に批判した異色曲。
“ロニー（＝ロナルド・レーガン）よ、ロシアと話せ”というタイトルが示す通り、
反核と平和を訴えるメッセージソングである。
わずか1分半の短いトラックだが、
ここでプリンスはエロスの象徴から“政治的アーティスト”へと脱皮し始めている。

6曲目：Let’s Work

リズムマシンとシンセ・ベースによる極めてミニマルなダンス・ファンク。
“働こう”というタイトルながら、実際には“愛し合おう”というダブルミーニング。
初期プリンスのライブでは定番曲として機能し、
観客との一体感を生む代表的グルーヴ・チューンとなった。

7曲目：Annie Christian

最も実験的なトラック。
タイトルの“アニー・クリスチャン”は架空の人物だが、
彼女の背後には狂信・暴力・宗教的偽善といった80年代社会の闇が投影されている。
プリンスは電子音と不協和音を用い、
当時のニュースで報じられた事件（ジョン・レノンの暗殺など）を織り交ぜて風刺している。
社会批評と電子音楽の融合という新しい方向性を示した重要曲。

8曲目：Jack U Off

ピアノとギターが軽快に絡むロカビリー調ファンク。
タイトルの通り、過激な性的表現がユーモラスに展開される。
“公共の場であろうと構うものか”という挑発的なメッセージは、
社会規範を笑い飛ばすプリンス流の皮肉だ。
アルバムを明るく、しかし強烈に締めくくる。

総評

『Controversy』は、“性と信仰、個と社会”というテーマを
エンターテインメントの中で哲学的に描き切った初のポップ・アルバムである。

『Dirty Mind』が“個人的反逆”のアルバムだったとすれば、
『Controversy』は“社会的宣言”である。
プリンスはここで、自分が単なるポップスターではなく、
21世紀的な思想家／文化アイコンであることを世に示した。

音楽的には、ファンクの肉体性とニュー・ウェイヴの機械的冷たさが絶妙に融合し、
“アナログとデジタルの中間”に位置するサウンドが完成。
これは後の『1999』や『Sign “☮” the Times』の布石であり、
ひいてはダンス・ミュージック全体の進化にも大きな影響を与えた。

『Controversy』の核心にあるのは、
“私は誰なのか”“社会のルールとは何か”という問いである。
その問いは、40年以上経った今も鮮烈な響きを失っていない。

制作の裏側

本作もプリンスのセルフ・プロデュースによって制作され、
録音の多くはミネアポリスの“キタ・アベニュー・ホーム・スタジオ”で行われた。
エンジニアにはペッグ・マグラスとドン・バトラーが参加し、
当時の最新機材であるOberheim OB-XシンセサイザーやLinn LM-1ドラムマシンを導入。

プリンスは本作のツアーで初めて下着・トレンチコート姿でステージに登場し、
性的・宗教的アイコンとしての自己イメージを確立した。
そのライブ・パフォーマンスは“アートとしての挑発”と評され、
同時期のデヴィッド・ボウイやマドンナにも大きな影響を与えることになる。

歌詞の深読みと文化的背景

1981年のアメリカは、冷戦下の緊張と宗教保守主義の高まりの中にあった。
そんな時代に、プリンスは“性と信仰の共存”を掲げ、
それまでの道徳を根底から揺るがせた。

「Controversy」は、“プリンスとは何者か”というメタ的な問いを投げかけ、
同時に“人間とは何か”という普遍的テーマにまで踏み込んでいる。
“Am I straight or gay?”という一節は、
後のジェンダー論やLGBTQ＋の言説を先取りしていたともいえる。

「Ronnie, Talk to Russia」は、
当時の核戦争の恐怖を背景にしたメッセージソングであり、
「Let’s Work」は、資本主義社会での“生きるための踊り”を象徴している。

つまりこのアルバムは、“セクシュアリティを通じて社会を語る”という
プリンスの芸術的アプローチを確立した瞬間なのだ。

ビジュアルとアートワーク

ジャケットには、グレーのスーツにバンダナを巻き、
新聞の見出し「LOVE THY NEIGHBOR（隣人を愛せ）」の前に立つプリンス。
背景の新聞には“DOES PRINCE BELIEVE IN GOD?”（プリンスは神を信じるか？）の文字。
まさにタイトル通り、“論争そのもの”をアートとして視覚化している。

このアートワークは、
社会的議論をそのままエンターテインメントへ昇華するというプリンスの手法を象徴し、
後の『Lovesexy』や『Sign “☮” the Times』のビジュアル哲学へとつながっていく。

『Controversy』は、プリンスという存在が芸術と思想を同義語にした瞬間の記録である。
この作品によって、彼は単なるミュージシャンを超え、
“20世紀ポップ文化の預言者”となったのだ。