
発売日: 1998年6月30日
ジャンル: R&B、ポップ、UKガールズ・グループ
概要
『Comin’ Atcha!』は、イギリス・マンチェスター出身の姉妹グループ、**Cleopatra(クレオパトラ)**が1998年にリリースしたデビュー・アルバムであり、
90年代後半のUK R&Bシーンにおけるフレッシュで個性的な一撃として記憶されている。
本作は、ティーンエイジャーの姉妹たち──クレオパトラ・ヒギン(リードボーカル)、ゼイン・ヒギン、ヨネス・ヒギン──による、
家庭内のソウル感覚とストリート感覚を融合させた、若さと勢いに満ちたポップR&B作品である。
特にシングル「Cleopatra’s Theme」が全英チャートでヒットし、
そのキャッチーなフックと、天真爛漫なエネルギーで、Spice Girlsとは異なるブラック・ミュージック寄りのUKガールズ像を提示した点が特筆される。
アメリカでもMTVやディズニー・チャンネルのサポートにより一定の成功を収め、
黒人ティーン・ガールズ・グループとして、UKから全米市場に進出した稀有な存在として注目を集めた。
アルバム全体の音楽性は、90年代特有のスムースなR&Bトラックに、ヒップホップ的なビート感、
さらにはゴスペル、レゲエ、ニュー・ジャック・スウィングといったジャンル横断性を持ち、
家族というユニットならではのヴォーカルのまとまりと、ティーンならではの感情表現のリアルさが際立っている。
全曲レビュー
1. Cleopatra’s Theme
デビューを飾る代表曲。キャッチーで明るく、自己紹介的な内容の歌詞が印象的。
「Cleopatra comin’ atcha!」というフレーズが耳に残り、アルバムの“開かれたドア”として機能する。
2. Life Ain’t Easy
ミディアムテンポのR&Bチューン。ティーンの恋愛と成長のリアルを描き、若者視点での“人生の難しさ”をポップに歌い上げる。
3. Don’t Suffer in Silence
友情と支え合いをテーマにした、ハーモニーが美しいスローバラード。
“誰にも言えない痛みを、声に出して”というメッセージは、10代のリスナーに強く届いた。
4. A Touch of Love
ラヴァーズ・ロックやレゲエのエッセンスを感じさせる、軽やかなナンバー。
夏の午後のような心地よさを備えたラブソング。
5. The Bird Song
最も個性的で遊び心のある一曲。さえずりのようなサウンドが特徴で、
子どもらしさとサイケなファンクの融合がユニーク。
6. Thinking About You
恋のときめきと揺れを描く王道ミディアムR&B。
メロディは90年代アメリカのR&Bスタンダードに近いが、どこかUKらしい清涼感がある。
7. What You Gonna Do Boy
姉妹ならではの掛け合いが楽しいガールズ・ポップ。
挑戦的な姿勢とフレッシュなボーカルが魅力的。
8. I Want You Back
バウンシーなビートとストリート感のあるヴァースが特徴の別れの曲。
大人びた構成にティーンの等身大が乗るバランスが絶妙。
9. Nothing But a Love Thang
タイトル通り、ラブソングを通して音楽への愛も感じさせるトラック。
ジャム&ルイス的なプロダクション感も漂う。
10. Two Become One
Spice Girlsの同名曲とは別のオリジナル。姉妹のハーモニーが際立つ、包み込むようなバラッド。
11. A Touch of Love (Unplugged)
アコースティックバージョンで、ヴォーカルの実力が引き立つ。
ファミリー・ユニゾンならではの一体感と温かみが沁みる。
総評
『Comin’ Atcha!』は、Cleopatraというガールズ・グループの青春そのものを閉じ込めた一冊のフォトアルバムのような作品であり、
その魅力は完成度よりも、ナチュラルさ、表現ののびのびとした自由さ、そして何より“家族”という特異な編成の強さにある。
ティーン・ポップ、R&B、ガールズ・パワー、90年代UKストリート感──
それらが混ざり合った結果生まれたのは、時代性に正直で、だからこそ色褪せない一枚だった。
おすすめアルバム(5枚)
- Blaque『Blaque』
同時期のアメリカ産ガールズR&B。Cleopatraと通じるティーンのエネルギー。 - Brandy『Never Say Never』
ヴォーカル・スタイルと内面の表現力で共鳴する、90s R&Bの金字塔。 - All Saints『All Saints』
よりクールで都会的なUKガールズグループ。Cleopatraの“妹的存在”とも言える。 - Spice Girls『Spiceworld』
Cleopatraの登場を促したUKガールズブームの頂点。対照的なアティチュードが興味深い。 - Sugababes『One Touch』
やや後の世代だが、R&BとUKポップの融合という点でCleopatraと地続き。
後続作品とのつながり
Cleopatraはこのアルバムの成功をもとに、全米進出を果たすも、
2作目『Steppin’ Out』(2000)は限定リリースとなり、ブレイクの波に乗り切ることはできなかった。
だが、『Comin’ Atcha!』が残したものは、
少女たちが自分の言葉で語り、歌い、世界と向き合った一瞬のドキュメントであり、
それは今なお、ポップ史の片隅で煌めき続けている。
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