
発売日: 1999年8月10日
ジャンル: インディー・ロック、オルタナティヴ・ロック
2. 概要
『Come Pick Me Up』は、ノースカロライナ州チャペルヒルのインディー・ロック・バンド Superchunk が1999年に発表した7作目のスタジオ・アルバムである。
録音は1999年3月、シカゴの名門スタジオ Electrical Audio にて行われ、プロデュースとレコーディング/ミックスを Jim O’Rourke が担当。
“違う頭のモードから来る人間とやりたかった”というバンドの意向のもと起用された彼は、Superchunk のギター主体のサウンドにストリングスやホーンを加え、アレンジ面で大きな変化をもたらした。
管楽器パートには Ken Vandermark、Jeb Bishop、Bob Weston といったシカゴ・アンダーグラウンドの重要人物が参加し、弦楽器では Fred Lonberg-Holm(チェロ)、Suzanne Roberts(ヴァイオリン)が加わっている。
こうしたゲスト陣の人選からも分かるように、本作は“インディー・パンクの延長”というより、“シカゴ周辺の実験的ロック/ジャズと接続した Superchunk”を記録した作品なのだ。
前作『Indoor Living』で鍵盤やミドルテンポ曲を増やし、“インドアな生活感”を描き始めたバンドは、本作でさらに一歩踏み込む。
“Hello Hawk”のような王道インディー・ポップから、“Tiny Bombs”“Smarter Hearts”のような大きなダイナミクスを持つ曲まで、サウンド・レンジが一気に広がり、かつ“Superchunk らしさ”も失われていない。
アルバム・タイトルの “Come Pick Me Up” というフレーズは、リード曲「Hello Hawk」の歌詞から採られている。
「迎えに来てくれ」という一見ささやかな頼みは、“誰かに救い出してほしい”“どこか別の場所へ連れ出してほしい”という、思春期にも似た切望のメタファーにも聞こえる。
批評面では、Pitchfork が“Indoor Living よりもさらりと耳に馴染むポップ・レコード”と評し、遅れて登場した PopMatters のリイシュー評は“思春期の匂いを強く放つ作品”と表現している。
実際にはメンバーは20代後半〜30代に差し掛かっていたが、歌やサウンドの中には、10代特有の胸のざわめきがあらゆる形で残されているのだ。
2015年にはリマスター盤が Merge から再発され、ボーナスとしてデモやアコースティック・ヴァージョンを追加収録。
“中期 Superchunk のハイライトのひとつ”として再評価が進み、アナログ重量盤やハイレゾ配信でも息を吹き返している。
3. 全曲レビュー
1曲目:So Convinced
1分59秒というコンパクトな曲ながら、アルバムの方向性を一気に提示するオープニングである。
速めのテンポで走るギター・リフに、Jon Wurster のタイトなドラムが絡みつき、Mac McCaughan の声が前に飛び出してくる。
“説得されてしまった(So Convinced)”というタイトルには、誰かの言葉や状況に飲み込まれてしまう自分への苛立ちがにじむ。
サウンド的には、まだ“いつもの Superchunk スタイル”の延長線上にあるが、オーディオの端々でうっすらと鳴る音のレイヤーや、リズムの微妙な抜き差しに、すでに Jim O’Rourke 的な整理と遊び心が感じられる。
短いが、“今作はちょっと違うぞ”という空気を十分に伝える導入なのだ。
2曲目:Hello Hawk
『Come Pick Me Up』の事実上のリード曲であり、タイトルのフレーズを含むアルバムの中核的ナンバーである。
イントロのギターは開放感のあるコードとシンプルなフレーズで構成され、すぐに Mac のキャッチーなメロディが乗る。
サビでは、バンド全体が一段階ボリュームを上げ、コーラスも分厚く重なって、まさに“90年代インディー王道の高揚感”が炸裂する。
歌詞には “Come pick me up” という一行が登場し、誰かに迎えに来てほしい、あるいは、別の場所へ連れ出してほしいという切実な願いが刻まれている。
それは、ツアーとレーベル運営と日常生活を行き来するバンド自身の感覚とも重なって聞こえるし、聞き手にとっては“どこかに連れ出してくれるロック・ソング”としても響いてくる。
アレンジ面でも、本作ならではの工夫が光る曲である。
ギターの重ね方は厚いが、低域はスッキリと整理され、奥にさりげなくホーン/ストリングス的な響きが差し込まれることで、サウンドに奥行きと色彩が生まれている。
3曲目:Cursed Mirror
「Cursed Mirror(呪われた鏡)」というタイトルからも分かるように、“自分自身を映し返すもの”への嫌悪と恐れを描いたような曲である。
ギターはミドルテンポで刻まれ、ドラムは少しだけ跳ねるグルーヴ。
サビでコードが明るく転じるのに対し、メロディや歌い回しはどこか暗いニュアンスを保っており、“明るいキーで暗い感情を歌う”という Superchunk お得意の手法が生かされている。
歌詞では、鏡に映った自分、過去の選択、言えなかった言葉などが断片的に連想される。
嫌でも自分を見つめ直さざるを得ない30歳前後の感覚、“見たくないものほど映ってしまう鏡”のイメージが、タイトル一つで強烈に立ち上がるのだ。
2015年リイシューではアコースティック・ヴァージョンとデモも収録されており、コード進行やメロディの骨格がいかに強固であるかを確認できる。
4曲目:1000 Pounds
「1000 Pounds」は、その名の通り“1000ポンドの重さ”を背負っているような感覚をテーマにした曲と解釈できる。
テンポはやや速めで、リフはストレートなパワーコード中心。
しかし、サビに入るとコードが少しひねられ、メロディもエモーショナルに跳ね上がるため、単なるパンク・チューンではなく、エモ/インディーの橋渡し的な楽曲としても機能している。
“1000ポンド”という比喩は、責任、期待、あるいは言えなかった言葉の重さを象徴しているように響く。
若い頃は気合いでなんとか持ち上げられたものが、歳を重ねるにつれ身体にも心にもずしりと響いてくる――そんな重力感覚が、サウンドと歌詞の両方に宿っている。
5曲目:Good Dreams
アルバム前半の中で、もっとも“柔らかいポップソング”として機能しているのが「Good Dreams」である。
クリーン寄りのギターとささやかなオルガン、軽やかなリズムが重なり、Mac のメロディがゆったりとたゆたう。
“良い夢(Good Dreams)”というタイトルながら、どこか醒めない不安が残っているような、甘さと苦さが混ざった曲調だ。
歌詞は、ささやかな夢や願望、日常の中での小さな逃避の場としての“夢”を描いているように思える。
現実を忘れさせてくれる夢を求めながら、同時に“起きなきゃいけない時間”が近づいていることも知っている――そんな感覚が、メロディの余韻から滲み出る。
6曲目:Low Branches
2分強の短い曲だが、アルバム全体の空気を変える“間奏曲”のような役割を持つ。
タイトルの“Low Branches(低い枝)”は、頭上すれすれに垂れ下がる枝のように、“少ししゃがまないと進めない状況”を象徴しているかのようである。
ギターはシンプルなアルペジオ主体で、リズムも控えめ。
大きな盛り上がりはないが、その分、言葉とコードの響きに耳が向かう。
2015年リマスターにはアコースティック・ヴァージョンも収録されており、もともとフォーク寄りの骨格を持った曲であることがよくわかる。
7曲目:Pink Clouds
「Pink Clouds」は、タイトルだけ見ると“ポップでふわふわした曲”を想像するが、実際には淡い憂鬱をまとったミドルテンポのナンバーである。
ギターは分厚く重ねられているものの、ディストーションは適度に抑えられ、雲のように大きなサウンドの塊がゆっくりと流れていく。
ドラムとベースは淡々としたビートを刻み、サビで一瞬だけ明るさが差し込む。
ピンク色の雲は、ロマンチックな幸福感というより、“良いことと悪いことが混じり合った曖昧な空模様”のように感じられる。
アコースティック・ヴァージョンやデモ音源を聴くと、コード進行は意外なほど素朴で、その上に重ねられたギターやリズムのレイヤーによって独特のムードが生まれていることが分かる。
8曲目:Smarter Hearts
アルバム後半のキー・トラックのひとつが「Smarter Hearts」である。
“もっと賢い心(Smarter Hearts)”というタイトルには、若い頃の衝動的な恋愛や友情を振り返りながら、“もう少し賢く振る舞えたらよかったのに”という思いが滲む。
曲は中〜やや遅めのテンポで進み、サビにかけて徐々にダイナミクスが増していく構成。
ここで顕著なのが、ホーンやストリングスによる彩りである。
ギターの後ろで鳴るサステインの長い音が、主人公の感情の揺れを増幅し、ただのギター・ロックでは出せない厚みを作り出している。
2015年のリイシューにはデモも含まれており、バンド自身もこの曲をアルバムの柱として位置づけていたことがうかがえる。
9曲目:Honey Bee
「Honey Bee」は、ややスウィートなタイトルながら、サウンドはどこかざらついた質感を保っている。
ギターは粘りのあるリフとオープンコードを行き来し、ドラムはタメを効かせたグルーヴ。
メロディは耳なじみが良く、サビでは自然と一緒に口ずさみたくなるラインが現れる。
“ハチ”というモチーフは、甘さ(ハチミツ)と刺す痛みの両方を内包している。
親密さと煩わしさ、引き寄せる力と傷つける力――人間関係の持つ二面性を象徴しているようにも感じられるのだ。
デモ音源がボーナスとして残されていることからも、バンドにとって重要な楽曲だったことがうかがえる。
10曲目:June Showers
タイトルの“6月の雨(June Showers)”が示すように、季節感の強い一曲である。
テンポはミドルで、ギターとリズム隊は比較的シンプル。
しかし、コード進行には独特のほろ苦さがあり、サビで少しだけ光が差し込むような瞬間が訪れる。
歌詞からは、季節の変わり目に感じる不安定さや、夏を前にした期待と倦怠が漂う。
“梅雨の晴れ間”のような不安定な感情を、アメリカ流の“June Showers”に置き換えて歌っているようにも聞こえる。
アルバム全体の“思春期の匂い”を最もストレートに伝える、青春映画のワンシーンのような楽曲である。
11曲目:Pulled Muscle
「Pulled Muscle(肉離れ)」というタイトルからして、すでに日常的で少しコミカルな痛みが想起される。
テンポはやや速めで、ギターはキレのあるカッティングとパワーコードを切り替えながら進行。
ドラムはフィルを多用しつつも曲全体をタイトに締めており、短い中にもライヴ感の強い一曲に仕上がっている。
“肉離れ”という比喩は、無理をした結果の痛みであり、しばらく治らない違和感でもある。
若い頃の無茶な動きが、年齢を重ねてからじわじわ影響を及ぼす――そんな身体感覚と人生のメタファーを重ねているようにも感じられる。
12曲目:Tiny Bombs
「Tiny Bombs」は、Pitchfork などのレビューでも“アルバム随一の名曲”として挙げられることの多い、感情的なハイライトである。
約5分弱と本作では長めの尺を持ち、ゆったりとしたテンポの中で少しずつ音が積み上がっていく。
イントロは控えめなギターとリズムから始まり、サビや後半に向けてホーンやストリングスが加わることで、曲全体が大きく膨らんでいく構成だ。
“Tiny Bombs(小さな爆弾)”とは、日々の生活の中でぽつぽつと起こる出来事――ささいな喧嘩、約束のすれ違い、何気ない一言――が、じわじわと心の中で爆発していくさまを示しているように思える。
大きなドラマがなくても、人間関係や自己認識は小さな爆発の連続によって形を変えていく。その実感が、この曲には宿っている。
サウンド面でも、Jim O’Rourke の感覚がもっとも色濃く表れた一曲であり、音のレイヤーの重ね方やフェードアウトの仕方まで、実験とポップスが絶妙なバランスで共存している。
13曲目:You Can Always Count on Me (In the Worst Way)
ラストを締めくくる「You Can Always Count on Me (In the Worst Way)」は、タイトルからして皮肉と自己嫌悪が同居した楽曲である。
“最悪の形でなら、いつだって頼りにしてくれていい”というフレーズは、自分のダメさを認めつつ、それでもなお誰かと繋がっていたいという切実さをにじませる。
曲調は比較的テンポがあり、明るめのコードで進むが、メロディや歌声にはどこか申し訳なさと諦念が混ざっている。
アルバムを通して描かれてきた、生活・責任・恋愛・友情といったテーマが、この一曲で“情けないながらも人間らしい姿”としてまとめられる。
派手なカタルシスではなく、少し自嘲気味の笑いとともに終わるラストは、とても Superchunk らしい幕切れなのだ。
4. 総評
『Come Pick Me Up』は、Superchunk のキャリアにおいて“中期の代表作”と位置づけられることが多い。
初期の『No Pocky for Kitty』『On the Mouth』に見られた爆発的なインディー・パンク性と、前作『Indoor Living』で育まれたミドルテンポ主体の室内的ムード、その両方を引き受けたうえで、さらにホーンやストリングスを導入した作品だからである。
サウンドの中心はあくまでギター・バンドであり、Mac と Jim Wilbur の2本のギターと、Laura Ballance のベース、Jon Wurster のドラムが主役であることは変わらない。
しかし Jim O’Rourke の参加により、その周りを囲む“余白”の部分にさまざまな音が書き込まれた。
Ken Vandermark らによるホーン・セクション、Fred Lonberg-Holm のチェロ、Suzanne Roberts のヴァイオリンは、曲ごとに色彩や奥行きを付与し、単なるギター・ロックを超えたサウンドスケープを形成している。
それでも、アルバム全体が“気取ったアートロック”に傾かないのは、Superchunk のメロディとリズムが非常に土臭く、親しみやすいからである。
「Hello Hawk」「Good Dreams」「Tiny Bombs」などを聴けば分かるように、彼らの書くフックはあくまでポップ・ソングの文法に根ざしており、聴き手の耳や身体にまっすぐ届く。
Pitchfork が“より肩の力が抜けた、ハミングできるポップ・レコード”と評したのも、そのバランスの良さゆえだろう。
一方、テーマ面では PopMatters のリイシュー評が指摘するように、“思春期の匂いを放つ”アルバムでもある。
メンバーはすでに大人であり、レーベル(Merge)も成功を収めていたが、歌詞の中には12〜19歳の頃に抱くような、居場所のなさ・誰かに迎えに来てほしい感覚・自分自身への違和感が、あちこちに顔を出す。
社会的には90年代オルタナのピークが過ぎ、グランジ以降の熱量も落ち着きつつあった時期。
Radiohead が『OK Computer』で巨大なテクノロジー社会への不安を描き、Yo La Tengo や Wilco がアメリカーナと実験性を融合させていた同時代に、Superchunk はもっと小さなスケール――“部屋の中”や“ツアーの移動時間”といった生活の断片――から同じ時代を見つめたと言える。
音響面では、Electrical Audio らしいドライでクリアな録音が、バンドの演奏力とアレンジの妙をそのまま残している。
音圧に頼らないミックスは“鳴っている楽器の数”ではなく“音の配置と空気感”で勝負しており、2015年リマスターではその解像度がさらに高められた。
日本のリスナーにとっては、Superchunk と言えば初期の“疾走パワー・ポップ”を思い浮かべる人も多いかもしれない。
しかし、『Come Pick Me Up』は、そうしたイメージを裏切りながらも、しっかりと期待に応える。
速くて爽快な曲もあれば、ミドルテンポでじわじわ効いてくる曲もあり、アルバム単位で聴くことで“ひとつの生活圏”のようなまとまりを持ち始める。
再発盤の登場や、レトロレビューの増加によって、近年本作は“中期 Superchunk の最高傑作候補”として語られることが増えている。
ギター・ロックの枠内にいながら、ホーンやストリングスを用いて感情の襞を描き切ったこのアルバムは、90年代インディー・ロックの一つの完成形として、これからも再発見され続けるだろう。
5. おすすめアルバム(5枚)
- Here’s Where the Strings Come In / Superchunk(1995)
前々作にあたる5th アルバム。
疾走感あるギター・ロックと、陰影のあるミドルテンポ曲が共存する、“中期 Superchunk”への入口的作品である。
『Come Pick Me Up』でのホーン/ストリングス導入に先立ち、アレンジの広がりとダイナミクスの使い方がすでに開花している。 - Indoor Living / Superchunk(1997)
『Come Pick Me Up』の直前作。
ピアノやオルガンを取り入れ、“インドアな生活感”とミドルテンポ主体のサウンドを打ち出した転換点的アルバムである。
本作と続けて聴くことで、Superchunk がどのように“生活と音楽のバランス”を模索していったかがよく分かる。 - Here’s to Shutting Up / Superchunk(2001)
『Come Pick Me Up』に続く作品で、テンポがさらに落ち、オーガニックなサウンドと内省的な歌詞が前面に出たアルバム。
“Tiny Bombs”以降の流れをさらに押し進めたような、大人のオルタナとしての Superchunk を堪能できる。 - Summerteeth / Wilco(1999)
同じ1999年に登場した、ポップ・センスと実験性を併せ持つ US インディー/オルタナの重要作。
ホーンや鍵盤を多用しながらも、あくまでソングライティング主体で押し切る姿勢は、『Come Pick Me Up』と通じるものがある。 - Relationship of Command / At the Drive-In(2000)
よりハードでエモーショナルな方向のオルタナを求めるリスナーにはこちら。
こちらはアグレッシヴでカオティックなエネルギーに振り切っているが、“大人になりきれない世代の焦燥と爆発”というテーマは、『Come Pick Me Up』と共通している。
6. 制作の裏側
『Come Pick Me Up』の制作において、もっとも象徴的なのはシカゴの Electrical Audio という場所である。
Steve Albini が運営するこのスタジオは、90年代オルタナ〜インディー・ロックの重要拠点であり、“生々しいがクリアな録音”で知られている。
Superchunk はそこで Jim O’Rourke とともに、3月の短い期間でアルバム全編を録音・ミックスした。
Jim O’Rourke は、当時すでにシカゴ実験音楽シーンの中心人物であり、ポストロックからフリージャズ、ソングライター作品まで幅広く手がけていた。
彼が本作を“硬派なロック・レコード”として捉えつつ、ホーンやストリングス、微細なノイズやオーバーダブを散りばめたことで、Superchunk の音楽は一気に立体化した。
レコーディングには、シカゴ周辺のミュージシャン仲間が多数参加している。
Ken Vandermark(サックス/トロンボーン)、Jeb Bishop(トロンボーン)、Bob Weston(トランペット)といったホーン陣は、いずれもポストロック〜フリージャズ界隈で活躍していたプレイヤーであり、
Fred Lonberg-Holm(チェロ)や Suzanne Roberts(ヴァイオリン)も含めて、“インディー・ロック盤なのに、さりげなくアヴァン寄りの人脈が集結している”という、一筋縄ではいかないクレジットになっている。
ジャケットのペインティングを手がけたのは、ベーシストの Laura Ballance 自身である。
彼女の絵は Merge Records の作品でもたびたび用いられるが、本作のカバーも例に漏れず、抽象的ながらどこか温かみのあるタッチで、音楽の“インドアだが開かれた”ムードを視覚的に支えている。
2015年のリマスター/リイシューでは、Jason Ward によるリマスタリングと、新たなライナーノーツ、ボーナストラックを追加。
日本のレコードショップやオンライン・ストアでも、重量盤アナログとして紹介され、“中期名盤”として再び棚の前面に並ぶようになった。
9. 後続作品とのつながり
『Come Pick Me Up』の後、Superchunk は2001年に『Here’s to Shutting Up』をリリースする。
ここではテンポがさらに落ち、アコースティック色やフォーキーな要素が増し、“静かな大人のオルタナ”へと舵を切ることになる。
その一方で、2010年代に入ると『Majesty Shredding』『I Hate Music』『What a Time to Be Alive』『Wild Loneliness』といった復活〜円熟期のアルバムが続き、
そこでは再び“速くてラウドなギター曲”と“ミドルテンポの生活ソング”の二本柱がはっきりと立ち上がってくる。
この二つの軸は、『Come Pick Me Up』の時点ですでに完成していたものだと言ってよい。
つまり、『Come Pick Me Up』は、初期のパンク的衝動と、後期の成熟したソングライティングをつなぐ“橋”であると同時に、それ自体がひとつのピークでもある。
ここで試されたホーン/ストリングスやダイナミックなアレンジの感覚は、後の作品で直接的に踏襲されるというより、バンドの“引き出し”として蓄えられ、必要に応じて顔を出していく。
ディスコグラフィを通して Superchunk を追いかけるとき、『Come Pick Me Up』は決して飛ばしてはいけない一枚である。
“Come pick me up” とどこかで呟きながら、それでも自分の足で歩いていく――そんなバンドの姿が、このアルバムには刻まれているのだ。
参考文献
- Wikipedia “Come Pick Me Up”(作品基本情報、録音時期・スタジオ、参加ミュージシャン、トラックリストなど)
- Merge Records / Superchunk Bandcamp アルバム紹介(録音スタジオ、Jim O’Rourke の役割、ゲスト・ミュージシャン、2015年リマスター情報)
- Pitchfork “Superchunk: Come Pick Me Up Album Review”(作品の位置づけ、楽曲評価、“より肩の力の抜けたポップ・レコード”という評価)
- PopMatters “Superchunk: Come Pick Me Up (Reissue)”(思春期的な感覚との結びつき、2015年リイシュー時の再評価)
- Rough Trade/Norman Records 商品ページ、各種日本語レコードショップ解説(ホーン/ストリングス導入の経緯、再発情報、簡易レビュー)



コメント