アルバムレビュー：Chasing Shadows by The Comsat Angels

アルバムレビュー

2025.04.22

発売日: 1986年8月
ジャンル: ポストパンク、ニューウェーブ、オルタナティヴロック

概要

『Chasing Shadows』は、The Comsat Angelsが1986年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、メジャーレーベルJive Recordsとの決別後、アイランド・レコードから発表された“再出発”の作品である。

前2作『Land』『7 Day Weekend』でのポップ路線から一転し、本作では初期のポストパンク的美学とエモーショナルなギター・ロックの融合を試みており、批評的には“原点回帰と進化の同居”と評されることも多い。

タイトルの「Chasing Shadows（影を追って）」が示すように、本作は過去への回顧、失われたものへの執着、そして未確定な未来への希求が交錯する内省的な作品である。

U2のギタリスト、ジ・エッジが本作に協力しており、アイランド・レコードとの契約も彼の推薦によるものと言われている。音楽的にはより力強く、かつ精神的な深みを取り戻した佳作として知られている。

硬質なギターと抑えたボーカルが、アルバムの新たな方向性を端的に表すオープナー。
「重要なのは思いだ」という言葉が象徴するように、表現よりも内面の誠実さを大切にした曲。

繰り返されるギターリフとダークなリズムが中毒的。
“影響下にある”とは、感情なのか、人間関係なのか、アルコールなのか——曖昧さが心地よい。

シャープなリズムとソリッドなアンサンブルが印象的なトラック。
1986年の空気を色濃く反映しつつ、同時にComsat Angelsらしい冷ややかさを保っている。

本作随一の叙情的バラード。
タイトルどおり、感情の波に“さらわれる”ことを主題にしながら、その流れの中にある諦念や傷つきやすさをも描く。

タイトなベースとリズムの上で、淡々としたボーカルが印象的に響く。
「君には決して分からないだろう」というフレーズにこもる感情は、怒りではなく、静かな断絶を思わせる。

アルバムのハイライトとも言えるスケールの大きな一曲。
失われた大陸というモチーフが、個人の喪失や時代の崩壊と重なり、深い余韻を残す。
ギターのアルペジオが海の波のように反復し、沈んでいく感覚を伴う。

静かなイントロから一転、サビで激情が爆発する構成がドラマチック。
炎というモチーフが“再生”と“破壊”の両方を内包しており、内面の葛藤を象徴的に描いている。

アルバムを締めくくるにふさわしい、ミステリアスで幻想的なバラード。
誰かへ向けられた“永遠に解けない手紙”のような、余白の多いラストが印象的。

『Chasing Shadows』は、The Comsat Angelsが一度失った自己を取り戻すための、静かな闘いの記録である。

Jive時代のポップさを脱ぎ捨て、再び自らの音楽的ルーツに立ち返りながらも、それを単なる懐古としてではなく、“進化した形”で提示している点が本作の大きな魅力だ。

サウンドはより骨太に、アレンジは洗練され、リリックは内省的かつ詩的。
この成熟した表現力は、ポストパンク世代のバンドが1980年代後半に入ってもなお創造性を保っていたことの証左でもある。

そして、“影を追う”というテーマは、どこまでも自分自身と向き合い続けるバンドの姿勢を象徴している。
それは、誰の心にも潜む“過去”との対話であり、音楽が持つもう一つの機能——記憶の解放——を体現するものでもある。