発売日: 1978年8月21日
ジャンル: ポストパンク、アートロック、実験音楽
Wireが2作目のアルバムChairs Missingで示したのは、デビュー作Pink Flagからの劇的な進化だった。1978年にリリースされた本作では、シンプルでストレートなパンクロックから脱却し、シンセサイザーやエフェクトを大胆に取り入れた、より深遠で実験的なサウンドへと方向転換している。アルバムタイトルの“Chairs Missing”は、英語のスラングで「正気を欠いている」ことを意味し、この作品が持つ挑発的で不穏なムードを的確に表している。
サウンド面では、Brian EnoがプロデュースしたRoxy Musicや、ドイツのクラウトロックからの影響が感じられる一方で、Wireのミニマリズムや知的なアプローチはそのまま保たれている。全15曲は多様性に富み、緊張感のあるサウンドスケープや詩的な歌詞を通じて、リスナーを音楽的な冒険へと誘う。
トラックごとの解説
1. Practice Makes Perfect
不穏でミニマルなイントロが印象的なオープニングトラック。繰り返されるギターリフとColin Newmanの冷ややかなボーカルが、アルバム全体の雰囲気を予告するかのようだ。
2. French Film Blurred
タイトル通り、フランス映画のような夢幻的なムードが漂う一曲。緩やかなテンポとシンセサウンドが、異世界的な感覚を生み出している。
3. Another the Letter
わずか1分に満たない短い楽曲ながら、印象的なギターと詩的な歌詞が特徴的。音の隙間を生かしたアレンジが見事だ。
4. Men 2nd
エネルギッシュなビートが印象的なトラック。前作Pink Flagのパンク的要素を残しつつも、シンセサウンドの導入で実験性が高まっている。
5. Marooned
タイトルが示す通り、孤立感や疎外感が色濃く漂う楽曲。空間的なサウンドデザインと幽玄なメロディが心に残る。
6. Sand in My Joints
アップテンポで攻撃的な一曲。荒々しいギターとタイトなリズムが前作のパンクスピリットを思い起こさせる。
7. Being Sucked in Again
反復的なビートと重厚なサウンドスケープが、圧迫感のあるムードを作り出す。歌詞には現代社会への皮肉が込められている。
8. Heartbeat
本作を象徴する名曲の一つ。ミニマルなリズムと官能的なメロディが融合し、ポストパンクの新しい方向性を示した楽曲だ。心臓の鼓動のようなリズムが心に響く。
9. Mercy
シンプルながらも緊張感のあるギターリフが特徴的な一曲。Colin Newmanの無機質なボーカルが、楽曲の持つ冷たさを強調している。
10. Outdoor Miner
アルバムの中でも特にポップで美しい楽曲。軽やかなメロディと柔らかなボーカルが心地よく、Wireの多面的な魅力を感じさせる一曲だ。
11. I Am the Fly
鋭いギターリフと毒々しい歌詞が印象的なトラック。「私はハエだ」と繰り返すフレーズが、社会や人間関係への風刺を強く感じさせる。
12. I Feel Mysterious Today
タイトル通り、神秘的で不思議な雰囲気を持つ楽曲。緩やかなテンポの中で音が流れるように展開する。
13. From the Nursery
奇妙な構成と断片的なリリックが特徴的。シンセサウンドとエフェクトが絡み合い、サイケデリックな感覚を生み出している。
14. Used To
シンプルなリフが中心となった楽曲で、歌詞の繰り返しがリスナーの記憶に残る。パンク的な要素とポストパンクの知的な側面が融合している。
15. Too Late
アルバムの最後を締めくくる静謐なバラード。メロディアスで感傷的なトーンが、アルバム全体の余韻を引き立てる。
ポストパンクの新境地を切り開いた作品
Chairs Missingは、Wireがパンクロックから脱却し、より芸術的かつ実験的な方向へと進んだことを象徴するアルバムだ。シンセサイザーやエフェクトを巧みに活用し、サウンドスケープを広げることで、ポストパンクの新たな可能性を切り開いた。この作品は、ジャンルの枠を超えた挑戦的なアプローチによって、後続のアーティストに多大な影響を与えた。特に、シンセの使用やミニマルな楽曲構造は、オルタナティブロックやエレクトロニカにもつながる先駆的な試みといえる。
アルバム総評
Chairs Missingは、Wireがパンクロックからポストパンクへの転換点に立ち、音楽的進化を遂げた重要な作品だ。冷徹でミニマルな美学を保ちながらも、より豊かで多面的なサウンドが展開されている。収録曲の中には、ポップな要素を取り入れたものもあり、実験性と親しみやすさのバランスが絶妙だ。Wireの挑戦的な姿勢と音楽的な探究心が詰まったこのアルバムは、時代を超えて新鮮に響く傑作である。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Entertainment! by Gang of Four
ポストパンクの鋭い政治的メッセージとミニマルなギターリフが共通点。社会的な批判精神が響く。
Unknown Pleasures by Joy Division
冷たく不穏なサウンドスケープが特徴のアルバムで、Chairs Missingのダークな雰囲気と共通する。
Fear of Music by Talking Heads
実験的で知的なサウンドが魅力的。Wireの実験精神に共感するリスナーにおすすめ。
The Modern Dance by Pere Ubu
アートパンクの先駆的な作品。Wireの実験性とアヴァンギャルドな感覚に近い。
Closer by Joy Division
深遠な歌詞と音楽性が融合したアルバムで、Wireの詩的な側面に惹かれるリスナーに最適。
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