ドイツ・ケルンを拠点に1960年代末から活動し、独創的なサウンドによってクラウトロックというジャンルを牽引したバンドがCanである。
その音楽はロック、ジャズ、前衛音楽やミニマル・ミュージックを混在させ、即興性と反復リズムを軸にした独特のグルーヴを生み出した。
聴き手の常識を揺さぶるような前衛的なアプローチは、多くの後続アーティストに大きな影響を与え、現在でもその斬新さは色あせることがない。
アーティストの背景と歴史
Canは1968年、ホルガー・シューカイ(Holger Czukay)、イルミン・シュミット(Irmin Schmidt)、ヤキ・リーベツァイト(Jaki Liebezeit)、ミヒャエル・カローリ(Michael Karoli)の4人を中心に結成された。
彼らはヨーロッパの現代音楽やジャズ、サイケデリック・ロックに触発され、ロックバンドの枠を超えた探究的なサウンドを模索する。
初期ボーカリストとして参加したアメリカ人のマルコム・ムーニー(Malcolm Mooney)の個性的な歌声もあり、結成当初から他のバンドとは一線を画す存在感を放った。
やがてマルコムの離脱を経て、日本人シンガーのダモ鈴木(Damo Suzuki)が加入すると、バンドのサウンドはさらに即興性と神秘性を深める。
1970年代前半には『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』といった連続的な名盤を送り出し、クラウトロックの代名詞として強い評価を獲得した。
実験精神を追求しつつも、リズムのグルーヴや聴き心地の良い繰り返しフレーズを導入することで、アヴァンギャルドとポップ感覚の絶妙なバランスを保ち続けたのである。
音楽スタイルと特徴
即興性とリズム
Canの音楽を象徴するのが、強靭なリズムセクションと長尺の即興演奏である。
ヤキ・リーベツァイトのドラムは「モーターリック」と呼ばれる持続的なビートを刻む一方、微妙な変化を織り込みながら楽曲全体を牽引する。
ベースを担当するホルガー・シューカイとのコンビネーションは、反復的なフレーズに新鮮さを生む不思議な化学反応を引き起こすのだ。
ミニマリズムとサイケデリア
Canはミニマル・ミュージックの影響を大きく受け、同じモチーフを延々と繰り返すアプローチを多用する。
そこにギターのミヒャエル・カローリや、鍵盤楽器を操るイルミン・シュミットの自由な発想が重なり、トランス感を帯びたサウンドが作り上げられる。
ダモ鈴木の呪術的とも形容されるボーカルは、サイケデリックな空気感にさらなる怪しさや魅力を加えていく。
前衛音楽からの影響
メンバーの多くが現代音楽や前衛芸術の洗礼を受けていたこともあり、バンドの創作姿勢には常に実験精神が宿っていた。
例えばイルミン・シュミットは、電子音楽の巨匠カールハインツ・シュトックハウゼンから大きな影響を受けている。
こうしたクラシックの前衛潮流やジャズの即興性をロックバンドのフォーマットに当てはめる試みこそが、Canの革新的な音楽性を支える重要なポイントといえよう。
代表曲の解説
「Halleluhwah」(アルバム『Tago Mago』収録)
1971年のアルバム『Tago Mago』に収録された、カルト的名声を博する長尺トラック。
約18分に及ぶ尺の中で、リーベツァイトのドラムが延々と繰り返され、そこにギターやボーカル、電子音が絡み合う。
カオスと秩序が拮抗しながら展開するこの曲は、Canの実験性とグルーヴ感の真髄を見せつける一曲でもある。
「Vitamin C」(アルバム『Ege Bamyasi』収録)
アルバム『Ege Bamyasi』(1972年)からの代表曲で、キレのあるビートと鮮烈なベースラインが特徴的。
ダモ鈴木の声が繰り返しフレーズを叫ぶことで、楽曲に強烈な中毒性をもたらしている。
ポップでありながら不穏な空気が漂う不思議なバランス感覚が、この時期のCanの魅力を端的に表しているといえよう。
「Moonshake」(アルバム『Future Days』収録)
1973年の『Future Days』は、ダモ鈴木在籍期のラストを飾る重要作。
「Moonshake」はアルバム中でも比較的短いトラックだが、軽快なリズムとスリリングなアレンジが際立つ佳曲である。
アルバム全体が穏やかなサイケデリック感を帯びている中、この曲はシャープな転調や実験的な音作りによってリスナーを魅惑する。
「Mother Sky」(アルバム『Soundtracks』収録)
映画音楽のコンピレーションアルバムという形で1970年にリリースされた『Soundtracks』。
その中でも「Mother Sky」は、後の『Tago Mago』につながるバンドのダイナミズムがすでに垣間見える長尺トラックである。
荒れ狂うギターと執拗なリズムパターンに乗せて、マルコム・ムーニー期の原初的なエネルギーを感じ取れる一曲だ。
アルバムごとの進化
『Monster Movie』 (1969)
初期ボーカリスト・マルコム・ムーニー在籍時にリリースされたデビュー作。
まだ実験要素は抑えめだが、「Father Cannot Yell」などで見られる反復ビートとサイケデリックな要素が後の方向性を示唆している。
荒削りながら熱量の高い演奏が、Canの原点として歴史的価値を持つアルバムだ。
『Soundtracks』 (1970)
映画のサウンドトラックを集めた形の作品であり、マルコム・ムーニーとダモ鈴木が一部で交替する過渡期の音源が収録されている。
「Mother Sky」など長尺のジャム風トラックにCanの深い実験精神が表れ、まさにバンドが大きく変化していく時期を捉えた貴重なアルバムとなった。
『Tago Mago』 (1971)
ダモ鈴木を正式なボーカリストに迎え、2枚組LPとしてリリースされた大作。
「Halleluhwah」「Mushroom」「Paperhouse」など、変幻自在のリズムと奇妙なボーカルが織り成すサイケデリック・ジャムが満載。
クラウトロックの歴史においても屈指の名盤とされ、多くのアーティストがこの作品からインスピレーションを得ている。
『Ege Bamyasi』 (1972)
前作の混沌とした実験性を保ちながら、よりタイトでポップなアプローチを見せる。
「Vitamin C」「Spoon」など、リスナーの耳に残るフックのある曲が多く、Canの音楽がさらに多面的な魅力を獲得した時期といえる。
ジャケットの緑色の缶詰デザインがインパクト大で、バンド名との洒落も効いている。
『Future Days』 (1973)
ダモ鈴木最後の参加作品で、海辺を思わせるドリーミーな雰囲気とアンビエントの先駆けとなるサウンドが特徴。
タイトル曲「Future Days」は牧歌的かつ神秘的な空間を作り上げ、音楽的に新境地に踏み込んだことを示唆している。
アルバム全体を通して穏やかな浮遊感が支配しており、Canのカタログ中でも異彩を放つ一枚だ。
影響を与えたアーティストと音楽
Canの大胆な実験精神や独特のリズムセクションは、ポストパンクやニューウェーブ、エレクトロニック・ミュージックなど幅広いジャンルに影響を及ぼした。
パブリック・イメージ・リミテッドやジョイ・ディヴィジョン、トーキング・ヘッズ、さらにはブライアン・イーノやデヴィッド・ボウイまでもが、彼らのクラウトロック的な要素に触発されている。
反復的でミニマルなリフやグルーヴを活かす手法は、後のテクノやハウスシーンにも通じるものがあり、時代やジャンルを超えてさまざまなアーティストがCanから学び続けているのだ。
オリジナルエピソードやトリビア
- ダモ鈴木の加入は偶然の産物で、バンドメンバーが街で歌っていた彼をスカウトしたというエピソードが有名である。 その後、ライブで即興的にコラボレーションした結果、正式にボーカリストに抜擢されたというから驚きだ。
- ベーシストのホルガー・シューカイは、レコーディング後にテープ編集を駆使して曲の構造を組み立てる方法でも知られていた。 それは現代のループベースの音楽制作を先取りするような手法であり、当時としては非常に先鋭的なアプローチだった。
- 多くのアルバムジャケットが印象的だが、『Tago Mago』のアートワークはシュルレアリスティックなイメージで、当時のサイケデリック文化を象徴するアイコンにもなった。 また、『Ege Bamyasi』の緑色の缶詰デザインは、一見ポップにも見えるが、その中身にはまさに“Canの世界”が詰まっているわけだ。
まとめ
Canはドイツのクラウトロック・シーンから登場し、ロック、ジャズ、前衛音楽、ミニマル・ミュージックなどを大胆に融合した革新的なバンドである。
反復的なリズムとフリーな即興演奏を軸にしたそのサウンドは、初めて聴く者を驚かせつつも、不思議な中毒性で深く耳と心を捉えて離さない。
『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』といったアルバム群には、バンドの鋭いセンスが結晶化されており、クラウトロックという一ジャンルを超えてロックの歴史を塗り替える大きな一歩を刻んだ。
その後もCanの実験精神は多くの後進アーティストに継承され、ポップやダンス・ミュージック、エレクトロニカなど幅広いシーンで語り継がれている。
もし彼らの音楽にまだ触れたことがないなら、まずは『Tago Mago』や『Ege Bamyasi』から入り、果てしない反復ビートと予測不能な即興の世界を味わってみてほしい。
このバンドが放つ「自由な音楽」の真髄は、きっと何十年経っても新鮮な衝撃を与えてくれるに違いない。
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