発売日: 1997年2月11日
ジャンル: インディーロック、ローファイ、ノイズポップ、オルタナティヴ・ロック
『Brighten the Corners』は、Pavement が1997年に発表した4作目のアルバムである。
90年代USインディー・ロックの象徴とも言えるバンドが、
デビュー作『Slanted and Enchanted』（1992）の粗削りなローファイ感、
2作目『Crooked Rain, Crooked Rain』（1994）のメロディ指向、
3作目『Wowee Zowee』（1995）の奇天烈さと自由奔放さ——
これらすべてを踏まえ、
より整ったサウンドと成熟したソングライティングへと舵を切った作品である。
とはいえ、Pavement がPavementであることをやめたわけではない。
Stephen Malkmus の斜め目線のユーモア、
皮肉と叙情が奇妙に共存する歌詞、
気怠さの中に突如現れるメロディの鋭さ、
そして何より“肩の力の抜けたロック”という美徳は健在である。
90年代半ば、オルタナ全盛の中で、
“Pavementは次の方向へ進むのか、それとも壊れてしまうのか？”
という不安がファンにも渦巻いていた。
『Wowee Zowee』は実験性ゆえに一部で消化不良と受け止められ、
バンド自身も揺れていた時期だった。
そこで生まれた本作は、
混乱から抜け出し、バンドがふたたび“歌”へと向き合ったアルバムである。
ミックスはクリアになり、テンションは控えめになったが、
その分“言葉”と“メロディ”の輪郭が鮮やかに浮かび上がっている。
全曲レビュー
1曲目：Stereo
Pavement節のユーモアが炸裂するオープニング。
中毒性のあるギターリフ、
語りに近いヴォーカル、
そして“不思議な会話劇”のような歌詞。
この一曲だけで“Brighten期の空気”が伝わる。
2曲目：Shady Lane
本作の代表曲。
気怠く優しいメロディ、
どこか夏の日差しのような柔らかい質感。
“日常の細部をさりげなく歌う”マルクマスの才能が輝く。
3曲目：Transport Is Arranged
アルバムの中心にある陰影の強い名曲。
繊細なギターワークと落ち着いた歌が美しい。
Pavementが“ミドル・テンポの叙情”をここまで描けると示した曲。
4曲目：Date with IKEA
Scott Kannberg（Spiral Stairs）による楽曲。
軽快でサーフロックのような風味が心地よい、
アルバムのアクセント。
5曲目：Old to Begin
メロディアスさと緩い語り口のバランスが絶妙。
“始まりはいつも少し疲れている”というテーマが沁みる曲。
6曲目：Type Slowly
静かなイントロから、
じわじわと感情が滲んでくるスロウナンバー。
リリックの比喩は抽象的だが、妙に心に残る。
7曲目：Embassy Row
パンクのテンションを取り戻したようなアッパー曲。
急勾配のギターが疾走し、
バンドの衝動が一気に噴き上がる。
8曲目：Blue Hawaiian
“ゆらぎ”と“脱力”が共存するエアポケットのような曲。
アルバム全体の緩急をつくる重要な存在。
9曲目：We Are Underused
朗らかなメロディと皮肉混じりの歌詞が魅力。
Pavementらしい“微妙に捻れた明るさ”が光る。
10曲目：Passat Dream
短くも印象的なミニマル・ロック。
夢と現実の境目をぼんやり歩くような感覚。
11曲目：Starlings of the Slipstream
後半の名曲。
人生のつまづき、期待、孤独……
そうした曖昧な感情を柔らかく抱きしめるような曲調。
アルバムの精神性を最も端正に表している。
12曲目：Fin
静かなギターから始まり、
やがてノイズがうねるフィナーレ。
Pavementらしい“余韻の残し方”が心地よい。
総評
『Brighten the Corners』は、Pavement のキャリアにおいて
最も円熟したソングライティングを提示したアルバムである。
特徴を整理すると、
- ローファイのザラつきは残しつつ、より整ったサウンドへ移行
- 奇抜さよりも“曲そのものの良さ”に焦点を当てた構成
- Stephen Malkmus の詩世界が最も読みやすく、最も深い
- インディーロック黄金期の“静かな成熟”を体現
- バンド内部のバランスがもっとも安定していた時期の音
90年代USインディーの文脈では、
『Slanted and Enchanted』の革新性や
『Crooked Rain, Crooked Rain』のメロディ豊かな開放感が重視されがちだが、
“繰り返し聴くほど沁みる”という意味では、
本作こそ最も愛される一枚かもしれない。
同時代のバンド——
Sonic Youth、Built to Spill、Sebadoh、Guided by Voices——
がそれぞれの方向へ進化する中、
Pavement は独自の“脱力ポップ”を完成させた。
それは派手ではないが、
90年代インディーの“静かな成熟”の象徴として現在でも評価が高い。
アルバムとしての統一感は前作よりも明確で、
“Pavementを聴き始めるならコレ”と言えるくらいの聴きやすさも備える。
おすすめアルバム（5枚）
- Crooked Rain, Crooked Rain / Pavement
Pavementのメロディアスな側面をもっと知りたい人へ。 - Wowee Zowee / Pavement
前後の文脈として、本作へ至る“混沌の名盤”。 - Built to Spill / Perfect from Now On
同時代USインディーの“叙情的ギター美学”と比較が面白い。 - Sonic Youth / Washing Machine
脱力と実験性のバランスで響き合う。 - Guided by Voices / Bee Thousand
ローファイ・インディーの精神性を共有する名作。
制作の裏側（任意セクション）
『Brighten the Corners』の制作は、
“Pavement史上もっとも穏やかなレコーディング”だったと伝えられる。
『Wowee Zowee』制作時の混乱や方向性の迷いは落ち着き、
メンバー間の距離も適切に保たれていた。
プロデューサーは、
『Crooked Rain〜』にも関わった Mitch Easter。
彼の落ち着いた録音哲学が、
本作のクリアで柔らかい音像を形づくった。
またマルクマスはこの時期、
歌詞を“より読める形”へと調整し、
言葉とメロディの親密さが増している。
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