発売日: 2019年10月18日（コンピレーション形式）
ジャンル: ポストパンク、ローファイ、アートロック、スポークンワード
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概要
『Boundary Road Snacks and Drinks / Sweet Princess』は、Dry Cleaningが2019年にリリースした2作の初期EP『Sweet Princess』と『Boundary Road Snacks and Drinks』をカップリングしたコンピレーションであり、彼らの音楽的美学の“原型”が最も荒削りなかたちで刻まれた記録である。
この時点で彼らはすでに完成された“スタイル”を持っていた。
すなわち——
言葉の洪水 × 無表情な語り × ミニマルで鋭角的なポストパンクという構造。
だが、ここにはのちの作品群では感じにくくなるDIY的な生々しさ、街の騒音のような即興性があり、まさにロンドン南部のリアルな空気をそのまま詰め込んだような音像が広がる。
“Sweet Princess”のリリースはBrexitに揺れるロンドンのただ中、
“Boundary Road Snacks and Drinks”はメンバーの自宅で録音されたDIY的スタイルで、
両者ともにDry Cleaningの政治性と個人性が並列に描かれている。
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全曲レビュー（EP別構成）
【Sweet Princess】
1. Goodnight
イントロ代わりの短い曲。ノイズと断片的なベースが不安感を煽る。日常の断片がラジオのように流れる。
2. New Job
“わたしは働いている。でも何のために？”という、現代の労働観に対する無表情な告発。ギターの反復とショウの語りが完璧に絡む代表的楽曲。
3. Magic of Meghan
英国王室のメーガン妃を題材にしながら、現代社会のセレブ文化や女性像への違和感を静かに皮肉る。社会風刺とポップカルチャー批評が混ざり合う傑作。
4. Traditional Fish
不可解で突飛な言葉の並びが連続し、言語そのものがズレていく様を体感できる曲。まさにDry Cleaningの“詩的錯乱”の原型。
5. Phone Scam
迷惑電話という日常の不快が、冷笑的に反復される。“断片の再利用”という彼らの美学が最も露骨に表れた構成。
6. Conversation
一聴して凡庸な日常会話のようでありながら、だんだんと歪んでいく語り口。現実と虚構の境界が曖昧になる。
【Boundary Road Snacks and Drinks】
1. Dog Proposal
ギターの歪みとリズムの硬質さが、ショウの無表情な語りと完璧に共鳴。犬というモチーフを通して、親密さの不自然さを暴く。
2. Tony Speaks!
架空の人物“トニー”が喋るという形式で、政治的プロパガンダと個人的願望が交錯する。混乱と諧謔のハイブリッド。
3. Viking Hair
突如“ヴァイキングの髪”という不可解なイメージが繰り返される。身体と記号のズレ、語りとノイズの絡まりが魅力。
4. Spoils
ドラムとギターが静かに緊張を高めていく中、日常の破片が語られる。言葉の“消費”に対する冷淡な観察が続く。
5. Jam After School
リズムが崩壊していくなかで、ノスタルジアとも反抗ともつかぬ感情が浮かび上がる。最もエモーショナルな逸曲。
6. Sit Down Meal
ラスト曲にして、最も“会話劇的”な作品。座って食事をするという、ただそれだけの行為に潜む暴力や形式性が照射される。
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総評
『Boundary Road Snacks and Drinks / Sweet Princess』は、Dry Cleaningという現象の“原初的ドキュメント”である。
ここにはのちの『New Long Leg』『Stumpwork』に繋がる要素がすべて詰まっていながら、音も言葉ももっと過剰で不安定で、そして自由だ。
つまりこの作品は、Dry Cleaningが“洗練”される前の、“街に剥き出しで立っていた”時代の音なのである。
そこには、ナイフのように尖った言葉の断片と、雨音のように淡々とした声、そしてそれを支えるローファイなギターとリズムがある。
不安定な時代の、不安定なままのポストパンク。
それがここには、ちゃんと存在している。
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おすすめアルバム（5枚）
- Life Without Buildings『Any Other City』
スポークンワードとギターリフの化学反応。Dry Cleaningの原型の一つ。 - The Raincoats『The Raincoats』
DIYとポストパンクの“ゆがみ”を持った女性的視点。 - Shopping『The Official Body』
日常的テーマとダンサブルなポストパンクの融合。 - Porridge Radio『Every Bad』
感情と構造が分離したような、現代ポストパンクの先端。 - Wire『Pink Flag』
反復と削ぎ落としの極限。構造の美学の祖。
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歌詞の深読みと文化的背景
Dry Cleaningの初期作品群は、「言葉が飽和した社会における、意味の解体」を試みている。
SNS、メディア、広告、政治、家族、恋愛——あらゆる領域で氾濫する“言葉”の断片を切り取り、それを再配置することで、現代的な不安定性とアイロニーを体現しているのだ。
ショウの語りは、その意味に感情を与えることを拒み続ける。
だからこそ、私たちはそこに勝手に意味を読み取り、勝手に感情を投影してしまう。
それはある種のミラーであり、“読む側の神経が試される音楽”なのである。
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