1. 歌詞の概要
「Borrowed Time」は、Parquet Courtsが2012年にリリースしたアルバム『Light Up Gold』に収録された代表的なナンバーで、2分にも満たない短さでありながら、鋭い言葉とエネルギッシュなサウンドで“焦燥感”と“自己意識”を刻み込んだ、まさに現代パンクのエッセンスを凝縮した一曲です。
タイトルの「Borrowed Time(借りものの時間)」は、自分の人生がどこか他人のもののように感じられる感覚や、限られた時間の中で生きているという焦りと不安を象徴しています。歌詞では、社会のルールに組み込まれながらも、自分が“どこにも属していない”という感覚が繰り返され、自己認識の揺らぎと閉塞感が鋭く描かれています。
2. 歌詞のバックグラウンド
Parquet Courtsは、ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするバンドで、DIY精神とポストパンクの影響を受けた文学的なアプローチで知られています。『Light Up Gold』は、彼らのセカンドアルバムとして、2010年代のUSインディー・ロック・シーンに大きなインパクトを与えた作品です。
このアルバムには、若者としての不安、都市生活の孤立感、社会的な違和感といったテーマが貫かれており、「Borrowed Time」はその中でも特にパンチの効いた短編小説のような位置づけを持っています。
楽曲はノイズ混じりのギターと突き進むようなリズムで、疾走感と閉塞感の同居する感覚を体現しており、まさに“自分の人生を走り抜けているけれど、誰のためか分からない”という若き日々の感情を音にしたような楽曲です。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius – Parquet Courts / Borrowed Time
“I’ve been living on a borrowed time / And it’s been affecting my state of mind”
「借りものの時間で生きてきた/それがずっと心を乱している」
“I’m not who I thought I was / And I never will be”
「思っていた自分にはなれなかったし/これからもなれないだろう」
“Living on a borrowed time / Never thought I’d see the finish line”
「借りものの時間の中で生きてきた/ゴールにたどり着くなんて思いもしなかった」
“I’m not waiting / I’m not waiting”
「もう待つのはやめた/ただ待ってるなんてしない」
このように、歌詞全体は強烈な内的葛藤とアイデンティティの崩壊感覚を描いていますが、それを嘆くのではなく、むしろ「動くことでしか生を実感できない」という能動的絶望として表現している点が特徴的です。
4. 歌詞の考察
「Borrowed Time」は、Parquet Courtsが得意とする都市的孤独と自意識のゆらぎを、極限まで短く、かつ強く言語化した作品です。
「借りものの時間」とは、自分の人生を生きているようで、実は社会のテンプレート通りに生きているだけではないか――という疑念です。
「自分が誰なのか分からない」というフレーズは、思春期的な苦悩というよりも、現代に生きるすべての人間に共通するアイデンティティの不安定さを表しています。自分を定義しようとするたびに、社会の枠や他人の目線が邪魔をする。そんな中で、自分らしさを守る唯一の方法は「行動すること」=“待たないこと”だと、この曲は提示しています。
演奏の疾走感も、そうした**「停滞していられない」という焦燥の感情**を直接音に変換したものであり、短い尺ながら驚くほど内容の濃い一曲に仕上がっています。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Something” by Julien Baker
自己喪失と存在不安を静かに描いたインディーフォークの名曲。 - “Anxiety” by The Dismemberment Plan
都市生活の不安とパニックを、テンションの高いロックで表現。 - “Disorder” by Joy Division
混乱と喪失感を端的に描いたポストパンクの原点。 - “No Future Part Three: Escape From No Future” by Titus Andronicus
時代への不信とアイロニーを叙情的に描いた現代パンクの傑作。 -
“Almost Had to Start a Fight” by Parquet Courts
『Wide Awake!』収録の、怒りと行動のきっかけを巡る問題作。
6. “待つな、生きろ”――借りものの時間の中での決意
「Borrowed Time」は、Parquet Courtsが提示する“現代人の存在不安への解答”のひとつです。
それは希望ではなく、苦悩でもない。ただ、今という瞬間を、借りものだと分かっていても走り抜けること。 その潔さと潔癖さが、この曲の魅力であり、核心です。
自分の時間が誰かのためのもののように感じる瞬間、誰でもあるはずです。この曲はそんな感情を2分足らずで鮮やかに切り取り、生きること=問い続けること、動き続けることだと静かに、でも確かに教えてくれます。
「Borrowed Time」は、アイデンティティの迷宮に迷い込んだ全ての現代人に向けた、焦燥のパンク・マニフェスト。“これは俺の時間じゃない”と気づいたその瞬間にこそ、本当の自己が始まる。
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