発売日: 1989年11月
ジャンル: オルタナティヴロック、ポストパンク、ニューウェーブ
概要
『Book of Days』は、The Psychedelic Fursが1989年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Midnight to Midnight』のポップ路線からの“巻き戻し”と精神的再生を図った作品である。
1987年の商業的成功を経て、バンドはその華やかな表層性に対する違和感を強く意識し、本作では再びよりダークで内省的なギター中心のサウンドへと回帰した。
プロデューサーにはジョン・アスレイとスティーヴ・ブラウンが起用され、煌びやかさよりも粗削りでオーガニックな質感が重視されている。
このアルバムの最大の特徴は、リチャード・バトラーのヴォーカルに滲む疲弊と希望のあいだで揺れる声の表情と、バンドが持つ詩的なロマンティシズムの復権にある。
“日々を綴る書”というタイトル通り、愛と死、時間、孤独をめぐる連作詩のようなアルバムなのだ。
全曲レビュー
1. Shine
冒頭からバンドの“復元された荒々しさ”を強く感じさせるナンバー。
硬質なギターとリチャード・バトラーの乾いた歌声が交差し、空間にひび割れを走らせる。
「光」は、絶望の中に射すわずかな希望のメタファー。
2. Entertain Me
皮肉と疲労が同居する中毒性の高いトラック。
「楽しませてよ」と歌うその声には、もはや誰かを喜ばせる気力すらない諦念が滲む。
パンクの諧謔とFursの美意識が融合した名曲。
3. Book of Days
タイトル・トラックは、人生という“日記帳”をめくるように、記憶と痛みを静かに語る。
繰り返しが多く瞑想的な構成で、バトラーの歌唱も囁きのように柔らかい。
時間と共に風化していく感情を掬い取るような詩情に満ちている。
4. Should God Forget
鋭いギターリフと宗教的メタファーが印象的なダーク・ロック。
“もし神が忘れてしまったなら”という仮定は、人間の儚さと倫理の危うさを同時に突きつける。
この時期のFursが持っていた“信仰なき祈り”の象徴的トラック。
5. Torch
アルバム中でもっともドラマティックで感情的な曲。
愛と喪失を“松明”に喩えながら、暗闇の中をさまよう主人公の姿を描く。
サビでの爆発的なエモーションは、初期Fursの激情を彷彿とさせる。
6. Parade
重くスローなテンポで進行する、内省的なトラック。
「パレード」という祝祭的なイメージと、実際の音の静けさとのギャップが、皮肉的なレイヤーを生んでいる。
7. Mother-Son
親子の関係性をモチーフにした珍しい内容で、ギターの鳴りがナーヴァスな空気を強調する。
愛情と憎悪、距離と依存といった複雑な感情の綾が、この楽曲全体に編み込まれている。
8. Wedding
結婚をテーマにしながら、どこか空虚で冷たいムードをたたえる楽曲。
儀式としての愛、社会制度としての関係性への距離感を感じさせる。
9. Blip
短く、断片的なインストゥルメンタル風のトラック。
“意図的なノイズ”として、アルバムの雰囲気に一時的な揺らぎを加える。
10. House
アルバムのラストを飾るにふさわしい、壮大で詩的なバラード。
“家”という概念を物理的な場所以上のものとして扱い、そこに染み付いた記憶や失われた時間を音に刻み込んでいる。
バトラーの歌声が、まるで朽ちかけた壁に囁くように響く。
総評
『Book of Days』は、The Psychedelic Fursが商業的ピークから距離を置き、本来の表現者としての自分たちに立ち返った静かなる決意のアルバムである。
本作では、派手なサウンドエフェクトやシンセの装飾はほとんど用いられず、ギターとヴォーカル、そしてミニマルな編曲によって、“削ぎ落とされた詩情”と“繊細な暴力性”が交差する。
それはまさに、日々を生きる者たちの小さな記録であり、“日記帳”=“Book of Days”としてのテーマが全体を貫いている。
このアルバムを聴くことは、華やかさではなく静かな共振を受け取ること。
そして、それこそがThe Psychedelic Fursの真骨頂なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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The Chameleons – Strange Times (1986)
重厚なギターと内省的な詩世界。『Book of Days』の精神的同胞。 -
The Sound – Heads and Hearts (1985)
悲しみと叙情のバランスが取れたポストパンクの名盤。 -
Echo & the Bunnymen – Ocean Rain (1984)
詩的なロックの頂点。情感と構築美の融合が本作と響き合う。 -
The Cure – Disintegration (1989)
感情の深淵を覗き込むロック・アルバム。『Book of Days』と同じ年に生まれたもう一つの傑作。 -
Tindersticks – Tindersticks (1993)
静けさと重みを併せ持つ、ポストFurs世代の詩的ロックの到達点。
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