発売日: 1986年7月
ジャンル: ポップロック、ニューウェーブ、ソフトロック
概要
『Belinda』は、元The Go-Go’sのフロントウーマン、ベリンダ・カーライルが1986年に発表したソロ・デビュー・アルバムであり、パンク/ニューウェーブから“エレガントなポップシンガー”への劇的な転身を遂げた、転機的作品である。
The Go-Go’s解散後、ベリンダは“ガールズバンドのアイコン”としての役割を終え、より大人びたポップロック路線へと歩みを進めた。
その最初の一歩がこの『Belinda』であり、ソフトなロックサウンドと爽やかなメロディ、そして彼女自身のより伸びやかな歌声が印象的なアルバムとなっている。
プロデューサーにはマイケル・ロイドを迎え、バックには元バンドメイトのジェーン・ウィードリン、デニー・レイン、チャーリー・セクストン、そしてリック・ナウルズといった豪華な顔ぶれが参加。
シングル「Mad About You」は全米トップ3のヒットを記録し、ベリンダがソロアーティストとして成功を収める確かな足掛かりとなった。
80年代半ばのアメリカン・ポップロックの空気をそのまま封じ込めたような、軽やかで洗練された一作である。
全曲レビュー
1. Mad About You
軽快なギターリフと風のように爽やかなコーラスが印象的な代表曲。恋に夢中な気持ちを、青春映画のようなトーンで描く。ポップロックの理想形。
2. I Need a Disguise
本作で最もドラマチックな構成の一曲。恋愛の駆け引きと自分を隠したくなる不安を描いた、エモーショナルなソフトロック。
3. Since You’ve Gone
サビの伸びやかなボーカルが印象的なバラード。別れた相手への未練と新たな決意が入り混じる。
4. I Feel the Magic
R&B風味のリズムに乗せた陽気なナンバー。初期ベリンダの中ではやや異色ながら、80年代的ダンサブルな魅力に溢れている。
5. I Never Wanted a Rich Man
タイトルが示すように、物質よりも本当の愛を求めるというメッセージがこもった力強いバラード。素朴なメロディと歌詞が響く。
6. Band of Gold
フレダ・ペインのヒット曲をカバー。オリジナルよりテンポが速く、80sポップらしいきらめきが追加されている。
7. Gotta Get to You
アルバム後半を支えるミディアム・テンポのポップロック。ベリンダの声の柔らかさが心地よく響く。
8. From the Heart
ジャジーなコードとソウルフルなメロディが融合した佳曲。意外と“Go-Go’s的な”アティチュードも垣間見える。
9. Shot in the Dark
失恋をテーマにしたドラマチックなナンバー。80年代的なサウンドプロダクションがノスタルジーを誘う。
10. Stuff and Nonsense
ティム・フィン(Split Enz)のカバー。ピアノを中心に据えた静かな終幕。アルバムの中で最も情緒的な一曲。
総評
『Belinda』は、ベリンダ・カーライルというアーティストが“バンドの顔”から“独立した歌い手”へと成長する過程を描いた、記念碑的デビュー作である。
The Go-Go’s時代のパンキッシュなエネルギーはやや後退し、その代わりに現れたのは、メロディアスで穏やかなポップロックの美しさだった。
このアルバムの最大の魅力は、ベリンダ自身の歌声が“やさしさ”と“芯の強さ”を同時に伝えてくる点にある。
若さの奔放さから一歩引いた、大人のポップスへと踏み出した瞬間の“転換点の美”がここには詰まっている。
また、アルバム全体を通じて、80年代中期特有のシンセやギターの響きが鮮やかに鳴り、当時のアメリカ西海岸的ポップセンスを今に伝えてくれる。
後の『Heaven on Earth』のような完成度にはまだ届かないが、その“まだ何者にもなりきらないベリンダ”の魅力が、本作にはたしかに息づいている。
おすすめアルバム(5枚)
- Pat Benatar『Tropico』
80年代半ばの女性ポップロック作品。ベリンダと同様にパワフルな声とバラードの美しさを併せ持つ。 - Bangles『Different Light』
同時期に活躍した女性バンドの名作。ポップとロックのバランスが近い。 - Cyndi Lauper『True Colors』
ベリンダとは異なる個性だが、ポップな感性と情緒豊かなボーカルが通じる。 - Kim Wilde『Select』
ニューウェーブとポップの交差点的作品。ベリンダの初期サウンドと好相性。 - Olivia Newton-John『Soul Kiss』
同時代におけるアダルト・コンテンポラリーポップの代表作。『Belinda』の音楽的文脈と重なる部分が多い。
後続作品とのつながり
このアルバムののち、ベリンダは1987年の『Heaven on Earth』で“天上のポップ”とも称されるスタイルを確立することとなる。
『Belinda』は、その準備段階であり、“素顔のベリンダ”がまだ見える最後の作品とも言える。
バンド出身者がソロとして新たなスタイルを築く難しさを、柔らかく軽やかに乗り越えていく──
そんな過渡期の美しさが、この『Belinda』にはある。
コメント