アルバムレビュー：Before Hollywood by The Go-Betweens

発売日: 1983年5月24日
ジャンル: インディーポップ、ポストパンク、フォークロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
- 関連記事:

概要

『Before Hollywood』は、The Go-Betweensが1983年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽性が初めて“文学性とポップ性の均衡”という形で明確に花開いた、キャリアの大きな転機となる作品である。
デビュー作『Send Me a Lullaby』で見せたぎこちないポストパンク的感性を洗練し、よりメロディアスで感情に訴える楽曲群を揃えつつも、鋭く知的なリリックとアレンジを手放していない。

本作では、Robert ForsterとGrant McLennanの“二人の作家性の対照”がはっきりと分かれ、補完し合う形で確立されている。
彼らはこの時点で“フォースターの鋭角な詩情”と“マクレナンの叙情的なメロディ”という二項対立を自覚的に配置し始めており、それがアルバムの深みと構成美を支えている。

また、マーク・ウォリスによるプロダクションは、アコースティックとエレクトリックの透明なレイヤーを丁寧に編み込んでおり、80年代英国インディーシーンの空気を纏いながらも、どこか南半球特有の“開放感と距離感”が息づいている。
タイトル『Before Hollywood』は、名声や物語の始まる“その手前”を指しており、商業的成功ではなく、芸術的確信に至る前夜の静けさを象徴している。

全曲レビュー

1. A Bad Debt Follows You

アルバムの幕開けを告げる、フォースターによる詩的かつミステリアスなナンバー。
“借金は追いかけてくる”という比喩は、人生や人間関係の“逃れられなさ”を象徴している。
不協和と整合の境界を縫うような構成が美しい。

2. Two Steps Step Out

ややファンキーなリズムと、トーキング調のヴォーカルが特徴的な異色作。
“距離をとる”というタイトル通り、物事から離れて眺める冷静な視点が貫かれている。
ギターのカッティングが鋭く、ポストパンクの残響を感じさせる。

3. Before Hollywood

アルバムタイトルを冠した短いインストゥルメンタル。
映画音楽のように静かで控えめな旋律が流れ、次の物語へとつなぐ導入として機能している。

4. Dusty in Here

マクレナンによる弾き語り調のバラードであり、亡き父への鎮魂歌として知られる屈指の名曲。
「埃まみれの部屋にいるようだ」という比喩は、喪失と記憶の朧さを美しく言い表している。
ギター1本と歌だけで成り立つ構成が、逆に深い情緒を生む。

5. Ask

跳ねるようなビートと、ユーモラスなリフが印象的なポップソング。
質問と応答の形式を通じて、言葉の空虚さやすれ違いを描く。
フォースターの演劇的なボーカルが光る。

6. Cattle and Cane

マクレナンによる代表曲にして、バンドのキャリアを通じても屈指の人気を誇る名曲。
幼少期の記憶、オーストラリアの風景、母親への想いが詩的に重なり合い、故郷と時間を超えたノスタルジアを描く。
不規則な拍子と静かな展開の中に、圧倒的な情感が滲む。

7. By Chance

フォースターによるダークでリズミカルなナンバー。
“偶然によってすべてが狂っていく”という不条理な視点が、語り口調で語られる。
ギターとベースの反復が、不安定な浮遊感を生んでいる。

8. As Long as That

マクレナンによる、優しいミディアムテンポのラブソング。
“君がいてくれる限り”という歌詞が、ストレートながらも奥ゆかしい。
フォーク調のアコースティックギターが全体を包み込むように響く。

9. On My Block

フォースター節全開の都市的モノローグ・ソング。
“僕の通りで起きていること”を観察することで、個人と社会の関係を浮かび上がらせる。
バンド全体のアンサンブルが冴える、バランスの良い楽曲。

10. That Way

アルバムを締めくくるにふさわしい、マクレナンの透明なメロディが際立つ美曲。
すべてが“そのように進んでいく”という受容の姿勢が、静かな余韻として残る。
サウンドも徐々に収束し、物語の終わりと始まりが交錯する。

総評

『Before Hollywood』は、The Go-Betweensというバンドの本質、すなわち“繊細な詩情”と“構造としてのポップ”の両立を最初に確立した記念碑的アルバムである。
荒削りな前作から一転して、楽曲はどれも緻密に編まれ、演奏も抑制が効いているが、その中に潜む感情の振れ幅はむしろ増している。

特筆すべきは、フォースターとマクレナンの対比が明確になったこと。
“観察する男”と“感じる男”、鋭さと優しさ、都市と自然――そうした二重性が絶妙なバランスで保たれたことで、本作はどこか“夢と現実のはざま”に浮かぶような不思議な魅力を放っている。

洗練されすぎず、説明しすぎず、ただそこにある“静かな確信”。
『Before Hollywood』は、名声の一歩手前にある芸術の純粋性を封じ込めた、稀有な傑作である。