発売日: 2007年11月12日
ジャンル: インディーポップ、ローファイ、サッドフォーク、サイケデリック・ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. The Good Anarchist
- 2. She’s Always Been There for Me
- 3. Now That I’m a Junkie
- 4. She’s My Yoko
- 5. You Kept Me Waiting Too Long
- 6. I’m Not Your Typical Boy
- 7. You Don’t Know How Lucky You Are
- 8. My Very First Nervous Breakdown
- 9. We All Get So Drunk Sometimes
- 10. I Know I’ve Done That All Before
- 11. Sometimes I Think You Know Me Better Than I Know Myself
- 総評
- おすすめアルバム(5枚)
概要
『Are We Nearly There Yet?』は、Television Personalitiesが2007年に発表した通算10作目のスタジオ・アルバムであり、ダン・トレイシーという“壊れた詩人”がもう一度旅の終わりと始まりを見つめ直すように綴った、遅れてきたロード・アルバムである。
アルバムタイトルの「もう着くの?」というフレーズは、子どもの無邪気な質問のようでありながら、人生そのものを投影した深い問いにも聞こえる。
どこへ向かうのか、そもそも旅をしていたのか、そんな存在論的な疲労と希望が混在する作品となっている。
本作は、前作『My Dark Places』で露呈した精神の脆さと向き合いながらも、より穏やかで希望のにじむサウンドが特徴である。
ローファイであることに変わりはないが、メロディの美しさや楽曲の構造にかすかな回復の兆しが見られる。
それでも、歌詞の中には相変わらず日常の混乱、愛の不在、自己喪失への恐れと諦念が流れ続けている。
このアルバムにおいて、トレイシーは“音楽家”というよりも“旅人”であり、“詩人”であるよりも“探し続ける者”に近い。
『Are We Nearly There Yet?』は、傷つきやすさを抱えながら歩き続ける全ての人に向けた、壊れた地図のような作品である。
全曲レビュー
1. The Good Anarchist
“良きアナーキスト”を皮肉と理想で描く冒頭曲。
トレイシー流の政治的メッセージが、ポップなコード進行の中にさりげなく織り込まれている。
優しさと怒りが同居する、現代のプロテストソング。
2. She’s Always Been There for Me
かつての恋人、あるいは母、薬物、音楽への告白のようにも聞こえるバラード。
“彼女はいつもそばにいてくれた”という反復が、孤独と感謝を静かに重ねる。
3. Now That I’m a Junkie
『Don’t Cry Baby…』にも登場した自己暴露的タイトルが再び。
“ジャンキーになった今”という語りは、壊れた自己像を冷静に見つめる第三者的視点へと変わっている。
諦観とユーモアのバランスが秀逸。
4. She’s My Yoko
「彼女は僕のヨーコなんだ」――
愛と崇拝の混ざるこのフレーズに、ポップカルチャーと私生活の境界がにじむ。
甘いメロディとトレイシーの震える声が印象的なラブソング。
5. You Kept Me Waiting Too Long
繰り返し現れる“待たされすぎた”というモチーフ。
ここではより悲しみに満ちており、期待が崩れた時間の堆積が静かに描かれる。
ギターはシンプルながら、言葉の余白が深い。
6. I’m Not Your Typical Boy
典型的な男ではない、という自己認識をややユーモラスに語る小品。
ジェンダー、社会規範、孤立――それらをとても軽やかに、だが確信をもって突き放す。
7. You Don’t Know How Lucky You Are
『Closer to God』でも印象的だったこの曲が再録。
本作ではより枯れた表情で歌われ、“幸運”の意味がより遠く感じられる。
まるで手紙を読み返すような、老成のニュアンス。
8. My Very First Nervous Breakdown
またしても“神経衰弱”を語るが、ユーモラスな語り口に変化。
“初めての”という形容が、心の壊れやすさをどこか受け入れたように響く。
9. We All Get So Drunk Sometimes
飲酒を通じて描かれる一夜の混乱と感情のゆらぎ。
酩酊のなかにある真実や孤独――それを冷静に描く手つきが、痛みをより浮かび上がらせる。
10. I Know I’ve Done That All Before
反復の人生、既視感の中で生きる日常をテーマにした一曲。
“全部前にもやった”という言葉が、無力にも、優しくも響く。
人生という円環の詩。
11. Sometimes I Think You Know Me Better Than I Know Myself
『Privilege』からの再録。
親密さの中にある自己認識のねじれが、より穏やかに、しかし確かな哀しみを伴って歌われる。
再演することで、記憶の重なりが浮かび上がる効果がある。
総評
『Are We Nearly There Yet?』は、Television Personalitiesというバンドが、あるいはダン・トレイシーという人間が、旅の途中で見た風景や思考のかけらを、そのままスケッチブックに貼り付けたようなアルバムである。
そこには明確なゴールも、劇的な転換点もない。
あるのはただ、“まだ終わっていない”という静かな意志と、壊れた歩幅で前へ進もうとする気配だけだ。
この作品は、Television Personalitiesの“最後の傑作”とも言われるが、それは音楽的な完成度ではなく、人間としての“まだ歌える”という事実そのものの美しさに由来している。
おすすめアルバム(5枚)
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Galaxie 500 / Today
旅の途中の倦怠と憂いを描く、ローファイ・ドリームポップの傑作。 -
Jens Lekman / Night Falls Over Kortedala
ユーモアと切なさの交差点で生きる、現代のポップ詩人。 -
The Clean / Vehicle
DIY感覚と傷つきやすさが同居した、心に残るインディーロック。 -
Micah P. Hinson / The Gospel of Progress
個人の崩壊と回復の記録。トレイシーの魂に共鳴するストーリーテリング。 -
Robert Wyatt / Shleep
老境のポップと優しさ。人生の夜に寄り添う音楽として、本作と響き合う。
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