発売日: 1997年6月
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、エレクトロ・ポップ
概要
『Already』は、Jesus Jonesが1997年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、過渡期の音楽シーンにおける“模索と再起”の記録とも言える作品である。
1993年の野心作『Perverse』でデジタル時代の先端を突き進んだ彼らは、その反動とも言える形で、今作ではより“人間的”なサウンドを志向。
グランジ、ブリットポップ、ビッグ・ビートといったムーヴメントが交錯する90年代後半の中で、Jesus Jonesは再びメロディに回帰し、親しみやすく、よりオーガニックな方向性へと歩みを進めた。
アルバムタイトル『Already(すでに)』は、時代の変化に置いて行かれたという皮肉にも聞こえるが、同時に「すでに準備はできている」という再出発の宣言でもある。
マイク・エドワーズのソングライティングは健在で、ポップ・センスと社会へのまなざしが細やかに共存している。
しかしながら、時代のトレンドとは必ずしも合致せず、商業的には低調な結果に終わった。
全曲レビュー
1. Message
アルバムの幕開けを飾る、軽快でポジティブなロック・チューン。
タイトル通り“メッセージ”を伝えることがテーマで、Jesus Jonesの原点でもある明快なポップ性が復活している。
“今、自分の声を信じてくれ”というような、シンプルながらも真摯な想いが伝わる佳曲。
2. Run on Empty
疾走感あふれるリズムと、エモーショナルなメロディが交錯する代表曲。
「空っぽのまま走り続ける」というフレーズは、燃え尽き症候群的な感覚と、それでも進むしかないという姿勢を象徴している。
ブリットポップ全盛期とは異なる、より内省的な輝きがある。
3. Look Out Tomorrow
希望と不安の入り混じった視線が、タイトルに表れているナンバー。
メロディアスなコーラスと、ややノスタルジックなコード進行が、ポスト『Doubt』的なポップロックの美学を感じさせる。
耳馴染みの良さと、静かな決意のような雰囲気が共存する。
4. Top of the World
Jesus Jonesらしい開放感が炸裂する、アルバム中屈指のハイライト。
“世界の頂点”に立ったような瞬間の高揚を描きながら、その背後にある孤独や虚無も同時に見せる二面性が秀逸。
ギターとシンセの融合も心地よく、90年代的ポップの王道を行く。
5. Rails
やや内省的なミディアムテンポの楽曲。
“線路(Rails)”というタイトルが示す通り、過去と現在、そして未来をつなぐ“道”としての比喩が貫かれている。
単調なリズムの中に静かなエモーションが宿る、隠れた佳作。
6. Wishing It Away
願いと現実の乖離を描いたバラード調のナンバー。
「ただ願っていても何も変わらない」という、現実的でビターな視線が印象的。
ヴォーカルのトーンは抑え気味だが、それがかえって真実味を増している。
7. Chemical #1
本作のリードシングルであり、Jesus Jonesらしさが最も色濃く出た一曲。
“君が僕のケミカル#1”というフレーズは、愛や感情を化学反応として捉えるという90年代的感性の象徴。
サビのキャッチーさとビートの心地よさが抜群で、後期の代表曲に数えられる。
8. Motion
抑えめのテンポでじっくりと展開するナンバー。
“動き”をテーマにしながら、実際にはその裏にある停滞感や惰性が描かれている。
コード進行やメロディは控えめだが、曲全体が語る空気感に奥行きがある。
9. They’re Out There
社会的な疎外感をテーマとした、不穏さを帯びたトラック。
“彼らがどこかにいる”という言葉は、陰謀論的にも、孤独感の比喩としても解釈可能。
ギターのディレイとミニマルなビートが、都市的な閉塞感を表現している。
10. For a Moment
静かな曲調の中に、切なさと微かな希望が漂う。
“ほんの一瞬”という時間感覚を丁寧に掬い上げ、日常の中の小さな感情の揺らぎを歌うような一曲。
Jesus Jonesの“ポップの詩人”としての側面がよく表れている。
総評
『Already』は、Jesus Jonesが世界的成功の後に迎えた**ある種の“醒めた覚醒”**を記録したアルバムである。
本作において彼らは、派手なサンプル使いや過剰な実験性を排し、シンプルで実直なポップ・ソングライティングへと回帰している。
しかし、その裏にはかつての栄光からの距離、変化する音楽シーンへの戸惑い、そしてそれでもなお歌いたいという誠実な想いが込められている。
90年代後半、UKロックがブリットポップの余熱に揺れる中、Jesus Jonesはそのどこにも属さず、“らしさ”を再構築しようとする静かな闘いを続けた。
『Already』は、その闘いの音であり、熱狂の後に訪れる静かな美しさを描いたアルバムなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Del Amitri – Some Other Sucker’s Parade (1997)
90年代後半における誠実なポップ・ロックの名盤。 -
Dodgy – Free Peace Sweet (1996)
メロディ重視のギターポップとしてJesus Jones後期と通じ合う空気感。 -
Manic Street Preachers – This Is My Truth Tell Me Yours (1998)
内省と社会性、メロディと知性のバランスが似ている。 -
Semisonic – Feeling Strangely Fine (1998)
アメリカ的ポップロックながら、“ポジティブなほろ苦さ”というテーマは共通。 -
Shed Seven – Let It Ride (1998)
ブリットポップ終焉期における“粘り強いポップ”という姿勢が共鳴する作品。
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